大きく開いた窓から空を見上げたは、その透き通るような青さに目を細めた。
まだ吹く風は冷たいとは言え、降り注ぐ陽の光は肌に心地良い。
本日は快晴。
レガーロ晴れと皆が呼ぶこの晴天に、街の人たちはきっと心躍るような一日を過ごしているのだろう。
だがしかし、そんな今日に限っての執務机は、普段の彼女の几帳面さからは考えられない程荒れていた。
事細かに記したが故に分厚く纏められたもの。走り書きで読めないものから、何故か油が染み込んだものまで、様々な書類が山を成している。
少し休憩を・・・そんな風に席を立った瞬間にもそれは確実に量を増やし、その終わりが想像できない現実に、はうんざりとした表情を浮かべた。
手に取った一枚に目をやると、それは食堂から回ってきた領収書のようだ。

「・・・・・・ハァ」

何度見ても桁がひとつ多い。
初めて見た時は何かの間違いではないかと目を疑い食堂を疑ったものだが、それも今となっては当然のことの様に感じてしまう自分が嫌になる。
このありえない領収書の原因を嫌というほど理解していることも、頭を抱える原因のひとつだったりする。

「まったく・・・パーチェにはいい加減にしてもらわないと。あいつの食費のせいでファミリー解散、なーんて洒落になんないわよ。」
「・・・・・・ハハ・・・」

の言葉に、部下のレリオが引き攣った笑いを漏らした。
起こり得ないとはわかっていても、目の前の領収書はそんな情けない事態を心配してしまうほどなのである。

「あぁ、もうダメ・・・少し休憩してくるわ。」
「わかりました。ゆっくりしてきてください。」
「ありがと。」

部下の優しい言葉に、はふわりとした笑みを浮かべ執務室を後にした。
廊下を歩きながら左腕に嵌めた時計に目をやると、針は両方とも頂点を指し示している。
シエスタにはまだ少し早いが、それでも脳はそれを求めているようだ。
グウっと情けなく鳴る胃袋に、そう言えば朝から何も口にしていないことを思い出す。
一度認識してしまえば最後、脳が栄養を求めで胃が収縮し始める。
気分転換にと中庭に向けていた足を止め、は食堂へと続く廊下の角を曲がった。

「あっ・・・」

視線の先でふわりと浮いた赤毛を見つけ、が小さく声を漏らした。
カツカツと鳴るヒールの音が、その速度を速める。

「おっじょうさっまー!!」

赤毛が振り向くよりも先に、の嬉しそうな声が廊下に響いた。

!?び、びっくりした〜・・・」
!貴女、お嬢様を驚かせないでくださいと何度言えば・・・っ!」
「あら、ルカ。居たの?気が付かなくて、ごめんなさい。」

まだ跳ねてしまった鼓動が落ち着かないのか、胸元に手を当てたフェリチータの隣では、彼女の従者であるルカがキャンキャンと小言を繰り返している。
そんなルカの姿が主人を守るために必死に吠える子犬のように見え、は口元に手を当てくすくすと笑い始めた。

「そんなに吠えて。まるでカニョリーノみたいよ?ルカ。」
「カニョ・・・っ!?お、お嬢様まで、笑わないでくださいぃぃ!!」

フェリチータにまで笑われてしまったことがショックなのだろう。
泣きそうに顔を歪めたルカは、「そんなことないですよね??」と何度もフェリチータに同意を求めるが、フェリチータもまた「ううん、似てる」と満面の笑みで答えを返した。
すっかりといじけてしまったルカは、廊下の端に蹲り指先で地面を弄り始める。
しかしこんなやりとりも日常のこと。
全く気にした様子もないは、相変わらずなルカを無視し、満面の笑みを浮かべながらフェリチータの両手を取った。

?」

頭にはてなマークを浮かべたフェリチータを、可愛くて仕方が無いと言いたげには破顔する。
フェリチータのことが好きで堪らない、との表情が語っている。
曰く「お嬢様は私の最高の癒し!お嬢様無しでは生きてなどいけない!!」とのこと。
彼女がこの『アルカナ・ファミリア』のトップ、パーパことモンドの娘だから、ということは関係ないようだ。
しかしそうまで言う理由を誰かが訊ねようとも、彼女がそれに答えを返すことは無かった。
訊ねた誰もが、美しい姿をした悪魔が浮かべるような、妖艶な笑みではぐらかされるのだ。

「ねぇ、お嬢様。お腹空かない?一緒に昼食でも如何かしら。」

白い肌に溶け込むような淡い色味の唇が弧を描き、甘く響く声でフェリチータを誘う。
「男なら誰だってその声だけでイっちまえるゼ!」とデビトに言わしめたその声色も、バンビーナである彼女には全くもって通用しないようだ。
「うん!」と頷いたフェリチータは、穢れない天使のような笑みを浮かべている。

「そうと決まれば・・・って、ルカ?嫌だわ、あなたまだジメジメと。鬱陶しいったら無いわよ?さ、お嬢様。あんなポルチーニでも生えてきそうな男は放っておいて行きましょう?」

一息にそう言ったは、フェリチータの右手を握りエントランスホールへと続く廊下を歩き始めた。

「あっれー?お嬢に。二人してどこ行くのー?」

廊下の角に差し掛かった瞬間、後方から聞こえた声に「また邪魔が入った」とは口を歪めた。
振り向いたその目は半眼だ。

「オイオイ、相変わらずだナァ、。そんな嫌そうな顔すんなって。」
「そうだよー?こんな良い天気なのに、そんな暗い顔しちゃダメだって!」
「誰のせいよ、誰の!もう、折角今からお嬢様とシエスタだってのに、邪魔しな・・・い、で・・・・・・」

しまった!とのこめかみを、一筋の汗が流れる。
パーチェの顔が見るからにキラキラと輝き出し、隣でその様子を見ていたデビトの口元が三日月に歪む。
"時すでに遅し"とはこんな時に使うのだろうか・・・と、は盛大に溜息を吐いた。

「お嬢!とごはんに行くの?俺も行っくー!!ね、いいでしょ?」
「俺も行くぜ。いいだろ、なァ?バンビーナ。」
「わ、私だって行きますよ!こんな人たちにお嬢様を任せられません!!」
「あ、復活したんだ、ルカちゃん。」

こうなってしまえば、例え今からフェリチータの手を取り走って逃げたところで無意味だろう。
本日何回目かもわからない溜息を吐き、は既に歩き出した一行の後を、諦めたように重い足取りで追った。

(折角のお嬢様と二人っきり仲良くシエスタのチャンスが・・・)

「さっきまでの威勢はどうしたんだァ?。」

落ち込むの肩を抱き、デビトがニヤニヤと嫌らしく笑う。
もう怒るのもめんどくさいと言った風に、はデビトを睨みつけるが無意味なようだ。
視線を前にやると、ルカとパーチェに挟まれたフェリチータが楽しそうに笑っている。

「まぁ、あの笑顔が見られればそれで良いわ。」
「あン?」
「なんでも無いわよ。」

デビトの腕を振り払い、は3人の中に入ろうと、歩を早めようとした。
しかし・・・

「・・・・・・きゃっ!」

急に腕を引かれ体が傾く。
ヒールを履いた足がぐにゃりと曲がった。
バランスを崩したは、次に来るであろう衝撃に備えて慌てて空いた右腕を突き出す。
だが実際に感じたのは軽い衝撃と、柔らかい感触のみ。
そろりと顔を上げたはぐっと息を飲んだ。

「クハハッ。なんて顔してんだァ?」

金の左目が楽しくて仕方が無いと細められる。
女性にしては長身のは、愛用しているピンヒールのせいで更に伸びた身長を恨んだ。
顔が近い。
それこそ浅黒いデビトの肌の、その毛穴までもが見えてしまいそうなほどだ。
離れようと慌てて突き出した右腕は、空しくもデビトの左手に捕らえられてしまう。

「ちょっ!離しなさいよ、デビト!」
「んなことよりよォ、。」

普段はと呼ぶくせに、こんな時ばかり愛称で呼ぶのは卑怯だとは思う。
「何よ」と睨みつけるも、デビトはただ楽しそうに笑うのみだ。

「なぁ、。」
「な・・・何?」

デビトが何かを言う度、彼の唇が耳元を掠めてくすぐったい。
首を竦める度に喉の奥で笑う声が癪に障るが、その不満を口にする前にデビトの唇が動いた。

「あいつらは放っておいて、俺と二人っきりでシエスタなんてどうよ?」
「―――――〜っ!!」
「っうぉ!!」

大きく目を見開いたが、ぐっと手首に力を入れた途端、デビトが焦ったように身を引いた。
キィン!と甲高い音が響く。
のスーツの袖口から一本のナイフが飛び出し、それはデビトの頬を掠めて壁へと突き刺さった。
窓から降り注ぐ太陽の光を浴び、ぎらりと鋭く光る。

「てっめぇ!!ナニすんだ、コラ!!」
「ナニすんだはこっちの台詞よ!私とお嬢様の時間を邪魔した挙句、あんたと二人でシエスタ?ハッ!お断りよ!!この脳味噌ピンク馬鹿!!」
「あぁ?!んっだと!テメェ!!」

唐突に始まった怒鳴り合いに、遥か前方を歩いていた3人が慌てて駆け寄ってくる。

「ちょっと!どうしたんですか、二人とも!!」
!デビトも!やめて!」
「あーあ、始まっちゃった。こうなっちゃったら誰も止めらんないよ、お嬢。ほら、ルカちゃんも。放っておいてごはん行こうよー。」

慌てて止めに入ろうとするルカに、パーチェは「ルカちゃんはいっつも大変だねぇ」と他人事のように漏らす。
今度はルカの頬をナイフが掠めた。

「さ、お嬢。もう放っておいて二人で行こっか。」
「え、でも・・・・・・」

パーチェの言葉に、それでも喧嘩の方が気になるのか、フェリチータは視線を交互に巡らせる。
そんな彼女の腕をパーチェの手が掴んだ。

「もー俺限界!待ってて、俺のラッザーニア!!」
「ちょっと!パーチェ!!」

止めるフェリチータを半ば強引に引き摺り歩き出すパーチェを、が見逃すはずが無かった。
右手はデビトの胸倉を掴んだまま、今度は左腕をパーチェの背中に向かい突き出す。
パシュっと小気味良い音が響いたと同時に、パーチェの左頬をつぅっと赤い線が走る。

「抜け駆けしてんじゃないわよ、パーチェ・・・」
「余所見してんじゃねぇぞ、・・・」

冷や汗を掻きながら後退るパーチェをが、そんなをデビトが睨みつける。
そして・・・

「ふたりとも・・・・・・いい加減に、しなさい!!」

ついにキレたルカの怒鳴り声が屋敷中に響き渡り、何事かと飛び出してきたダンテの渾身の拳骨により喧嘩は幕を下ろしたのだった。













〜 Di notte 〜

「第9のカード、『レルミタ』」
「ああ・・・・・・」
「第11のカード、『ラ・フォルツァ』」
「いるよ・・・・・・」
「第14のカード、『ラ・テンペランツァ』」
「はい」
「そして、私・・・・・・第15のカード、『イル・ディアーヴォロ』。それじゃ、懺悔を始めるわよ。」

円卓に座り真っ直ぐ前を見据えたの声が、しんと静まり返った部屋に響く。
全員がどこか緊張した面持ちだ。
すぅっと細く息を吸い込んだが、全員の顔を見回し言葉を続ける。

「我々は第21のカード、『イル・モォンド』の求めに従い、この一日『レガーロ』のために尽くしてきた。しかし、我々の中にひとり、望ましくない選択をした者がいる。その、罪深きひとりが誰であるのか・・・・・・我が『アルカナ・ファミリア』の血の掟に従い、この・・・・・・カードによって決議する。」

の細い指先が、弄ぶようにカードをきる。
全員がゴクリと喉を鳴らした。
この瞬間はいつまで経っても慣れないものだ、とは心の中で呟く。

「では・・・・・・、裁きを受けるべき者をカードで示せ。」

既に答えは決まっていたのだろう。
『レルミタ』、『ラ・フォルツァ』、『ラ・テンペランツァ』が、の合図と同時にカードを差し出した。

「「「悪魔・・・・・・」」」
「隠者・・・・・・」

一歩遅れてがカードを出す。

「ちょ、ちょっと!納得いかないわ!なんで私なのよ!!」

指先に挟んだ『隠者』のカードがぷるぷると細かく震えている。

「当然です!『イル・ディアーヴォロ』!!」

お嬢様馬鹿の従者がバァァァン!と効果音でも付きそうな勢いでを指差した。
「そーだ、そーだ!」とパーチェが囃し立てる横で、デビトはしたり顔で鼻を鳴らす。
ひくっと引き攣るこめかみを指で押さえ、は怒りのあまり震える声をルカに向けた。

「当然!なんて言うからには、私を納得させられる理由があるのでしょうね。はい。じゃあ『ラ・テンペランツァ』から!」
「貴女のせいで、折角のお嬢様との時間が無残にも奪われてしまいました。」
「あんたは四六時中お嬢様と一緒に居るでしょうが!!はい、じゃあ次!『ラ・フォルツァ』!!」
「ごはん食べ損ねた。」
「巡回中に食いまくってんのはどこの誰!?はい、次!!『レルミタ』!!」
「俺の誘いを断りやがった。」

「納得できるかーーー!!!!」

しれっとテンポ良く言う幼馴染達に、は腹の底から叫んだ。

「大体、お嬢様と私の時間を邪魔してきたのはあんた達じゃない!特に『レルミタ』!!あんたが変なこと言い出さなきゃ、百歩譲って5人で仲良く昼食だって出来たんじゃないの?罪人はあんたにこそふさわしいわよ!」
「ハァーーー!?てめぇ!人に罪擦り付けてんじゃねぇよ!!」
「やめなさい、二人とも!カードの決定は絶対。さぁ、『イル・ディアーヴォロ』。大人しく懺悔を受け入れなさい。」

チッと小さな舌打ちがの口から飛び出した。
これでもかと顰められた表情が最後の抵抗とでも言いたげだ。

「・・・・・・で、懺悔の内容は・・・?」
「お?大人しく受ける入れる気なったかァ?」
「良い心構えですね。」

「では・・・」とひとつ咳払いをしたルカは、にっこりと綺麗な笑みを浮かべた。
の口元が引き攣る。

「今から私たちひとりひとりに、謝ってもらいましょうか!」
「・・・・・・へ?そんなこと?」

覚悟していたからこそ、ルカが口に出した懺悔の内容には拍子抜けだった。
が、が気を抜いた瞬間、パーチェが恐ろしいことを口走った。

「ルカちゃんのことだから、ただ謝るだけじゃないんでしょ?」
「勿論です。」
「クックック。覚悟しとけよ、。こいつのえげつなさはお前もよぉーく知ってるだロォ?」

知っているからこそ聞くのが恐いんだと、は両手で耳を塞いだ。

「へ、変な薬とかカクテルとか・・・飲まないわよね?」
「えぇ。そんなものは用意していませんよ。」

ルカの言葉に、はほっと息を吐く。

「ただ、昔のように謝ってくれれば良いのですよ、。」
「昔の、ように・・・?」

意味がわからないとは首を傾げる横で、パーチェが嬉しそうに目を輝かせ始めた。
デビトですら、「いいねぇ!」と乗り気だ。

「そう。昔のように、ただ一言「おにいちゃん、ごめんなさい。」って心の底から謝ってくれれば、それで良いのですよ。」
「はぁ!?馬鹿じゃないの!!ぜぇぇったい言わないわよ、そんなこと!!」
、ファミリーの掟は?」
「・・・・・・っ!!」

全く痛いところをチクチクと突いてくる男だ。
握り締めた拳がぷるぷると震え、噛み締めた歯の隙間から「うぅぅ」と葛藤の唸り声が聞こえだす。
ファミリーの掟は絶対。
そんなこと、にとって百も承知だ。
「うぅ」ともう一度唸ったは、プライドを捨て去るように首を振った。
カツカツとヒールを鳴らし、人の良い笑みを浮かべ続けるルカへと近付く。

「お、やっとヤル気になったか?」

デビトの軽口を無視したは、ルカの両肩をがしりと掴んだ。
まだ彼女の表情は固く引き攣っている。
ふぅっと大きく息を吐く音が、やけに大きく聞こえた。

「ルカ・・・おにいちゃん。ごめん、なさい・・・・・・」

今のは幻聴か?とルカが大きく目を見開いた。
しかし視界に入ってくる光景は、現実だと物語っている。
きゅっとスーツの肩口を握り締める両手はいじらしく、ルカを覗き込むライトグレーの瞳は涙で潤んでいた。
「ごめんなさい」と再び口にするに、みるみる内にルカの眉と目尻が下がる。

「謝るのは私の方です、!!」

目の前でいじらしく謝罪する妹を抱き締めてやろうと、広げたルカの両腕が大きく空振った。
「あっそ。」と冷たい声が聞こえ、自分で自分を抱き締めるような格好のままルカは膝から崩れ落ちる。

「さぁて、次は・・・・・・」
「え・・・え?俺?」

ルカの様子を見て何事かと身構えるパーチェへと足早に近付いたは、その広い胸元へと勢い良く飛び込んだ。
慌てて抱き留めたパーチェは、その抱いた肩が震えていることに気付く。

「・・・・・・?」
「パーチェ兄ぃ・・・・・・ごめん、ね?」

顔を上げたの目尻には大粒の涙が浮かんでおり、それは今にも零れてしまいそうだ。
泣き出す一歩手前のわなわなと震える口元が、自分達がまだ幼い頃、喧嘩をしてはこんな風に仲直りをしたことを思い起こさせる。

ー!お兄ちゃんの方こそごめんねぇ!!」

両目に涙を浮かべそう叫んだパーチェは、今にも泣き出しそうな妹の背中へと腕を回すが、パーチェは腕に感じるはずの柔らかい感触が無いことに気付き、「あれ?」と目を瞬かせた。

「ふっ、ちょろいわね。」
「そんなぁーーー!!」

泣き叫ぶ二人目の兄を尻目に、の視線は最後の一人へと注がれる。

「おぉっと。俺はそいつらと違って甘くねぇぜ?」

掛かって来いとばかりに指を曲げて挑発するデビトに、はへにゃりと両の眉を下げた。
嫌味たらしく笑うのかと思っていたデビトは、彼女の予想外の反応に口元を引き攣らせると、ゆっくりと近付いてくるから逃げるように一歩、また一歩と後退る。
トンッと背中に軽い衝撃を受け立ち止まったデビトに、暗く沈んだ表情のが迫った。

「デビト・・・・・・」
「っ・・・!」
「デビト兄ぃは・・・のこと、嫌い?」

スーツの裾を掴み、上目遣いで見つめてくる瞳は幼い頃のそれと変わらない。
喧嘩をするといつも謝る前に「嫌い?」と聞いてくる癖を、この悪魔のような妹はまだ覚えていたのかと、気の遠くなりそうな頭でデビトは思った。

「うわぁ・・・デビトー。のこと泣かしちゃダメだよ。」
「そうですよ、デビト!かわいそうじゃありませんか!!」
「てめぇら!騙されてんじゃねぇよ!!」

野次を飛ばしてくる外野に向かってデビトが怒鳴ると、びくりとの肩が跳ね上がった。
演技だ演技だと、デビトは自分に言い聞かせる。

「ほーら、が恐がってるよ。」

尚も口を挟んでくるパーチェを無視し、デビトは不安そうに見上げてくるの頬を両手で包み込んだ。
騙されてはいけないと自分に言い聞かせたところで、悲しそうな表情を浮かべる目の前の可愛い妹には勝てないのだ。

「ごめんなさい・・・デビト兄ぃ・・・・・・私のせいで怪我させちゃった・・・」
「ん・・・気にすんナ、。」
「怒って、ない?」
「あぁ、怒ってなんかねーヨ。」
「本当に?」
「あぁ。」

演技なのだとわかってはいても、幼い頃を思い起こさせる姿に無意識に表情が緩む。

「良かったぁ・・・・・・ねぇ、デビト兄ぃ?」
「なんだ?」

ふわりと頬に温もりを感じたデビトは、その身を固くした。
傷口を癒すようなの口付けに、全員が目を見張る。

「大好きよ。」

耳元で囁かれるアモーレの響きは、幼い頃のそれとは違い低く甘い。

「な、なななっ・・・」

絶対に起こり得ない出来事が実現してしまい、すっかり固まってしまったデビトの代わりに、ルカが平静を失ったように声を漏らした。
パーチェに至っては、その一部始終を眺めた上で苦笑いを浮かべている。

「さ、これでいいでしょ?それじゃ、私はお嬢様とお茶してくるから。あ、今度は絶対にぜぇったいに邪魔しないでよ!!」

捨て台詞のようにそう言い残したは、勢いよく会議場を飛び出して行く。
扉の閉まる音だけが、しんっと静まり返った会議場にやけに大きく響いた。





...





「悪魔め・・・・・・」
「悪魔、ですね・・・・・・」

すっかり成長してしまった妹を嘆くように、2つの声が重なる。

「そうかなぁ?俺は相変わらずだと思ったけど?」
「あなたの目は節穴ですか!?あぁ・・・昔はあんなに可愛かったのに・・・・・・」
「同感だぜ・・・」

信じられないものでも見るような目つきで、ルカがパーチェを見るが、彼は相変わらずのほほんと構えている。
部屋を飛び出していくの横顔を、パーチェは思い出すように宙を見やり呟いた。

「顔真っ赤にして、可愛かったんだけどなぁ〜・・・」







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