「うーん」と体中の疲労を搾り出すような声が聞こえ、レリオは声の元は誰かと振り返った。
現在この執務室内には、レリオと室長である以外誰も居ないのであるが、彼はそのことをすっかりと忘れていたらしい。
くるりと椅子ごと振り返った先では、が右手で左手首を掴み、力一杯伸びをしているところだった。
彼女のデスクに雑然と積み上げられていた書類は、きっちりと端を揃えた状態でまとめられており、それは彼女が仕事を終えたことを表している。
「お疲れ様です」と声を掛ければ、はにっこりと笑み浮かべた。

「ねぇ、レリオ。今日の仕事はこれで全部よね?」
「ええ。こちらの書類にも特に問題もありませんでしたし。」
「そ、良かった。じゃあ行ってくるわ!」
「え?ど、どこへ!?・・・・・・って、聞くまでもないですね。」

レリオの言葉に満面の笑みを浮かべたは、目に見えて浮かれた様子で扉へと手を掛けると、そのまま勢い良く出て行ってしまう。
残されたレリオは、「いつものことだ」と苦笑を浮かべ、残った書類へと目を通し始めた。



時を同じくして、金貨の部屋。
「うーん」と腹の底から搾り出すような唸り声が聞こえ、ヴィットリオは何事かと目を通していた書類を置き顔を上げた。
「どうしました?カポ。」と、声の主、金貨の幹部であるデビトに声を掛けるも、彼は一枚の書類を右手に持ちただ唸るのみ。
僅かに口元が引き攣っているようにも見える。

「・・・・・・やっべぇな。」

本人は小声のつもりなのだろうが、静まり返っていたためデビトの声がやけに大きく響いた。
レナートが「何がだ」と声を上げるも、返事が返ってくる様子は無い。
彼の視線は相変わらず手元の書類にのみ注がれている。

「ちょっと出てくる。」
「カポ、どこへ行くんだ。」
「あぁ?別にどこだっていいだろうが。野暮用だ、野暮用。」

問いかけるレナートへめんどくさそうな視線を送ったデビトは、書類を片手に足早に部屋を出て行ってしまった。
ヴィットリオが小さく溜息を吐く。

「カポ、また忘れていたのですかね?」
「ああ、きっとそうだろう。いつものことだ。」

表情も変えずに答えるレナートに、ヴィットリオは呆れたように再び溜息を吐いた。
彼の行き先はきっと事務の執務室。
もうしばらくすれば、不機嫌を凝縮したようなオーラを纏った事務室長が自分たちのカポを怒鳴りつけながらこの金貨の部屋にやってくるだろう。
いつものことながら見ていて気持ちの良いものではないと、ヴィットリオは早々に目の前の書類を片付け、イシス・レガーロへ移動しようと心に決めた。


部屋を出たデビトは不機嫌そうに舌打ちを繰り返していた。
大股で廊下を歩くその足音はドスドスとうるさい。
途中ですれ違ったルカが「どうかしましたか?」と驚いたように尋ねるも、デビトはそれを聞こえていないように無視し、そのあまりの様子にルカの隣に居たフェリチータも何事かと首を傾げた。

「デビト、どうかしたの?」
「は、はぁ・・・恐らくは毎月恒例のアレだとは思うのですが・・・・・・」

尚も首を傾げるフェリチータに、「お嬢様がお気になさることではありませんよ。」と、ルカは乾いた笑いを漏らした。
そんな廊下の先。
とうとう目的地に着いたデビトは、勢いよく目の前の扉を開け放った。
ひとり黙々と作業をしていたレリオが驚きのあまり「うわぁ!」と声を上げたが、デビトの姿を視界に入れ彼もまた「あぁ・・・またか」と心の中で溜息を漏らした。

「し、室長でしたら、今日はもう仕事を終えられましたよ?」
「部屋に戻ったのか?」
「さあ・・・。でも今日は月末ですので、恐らくは"あそこ"に居ると思いますよ。」

レリオの言葉に、今度はデビトが「またか」と呟いた。
そのまま執務室を出て行こうとするデビトの背中にレリオが声をかける。

「デビトさん!室長に怒られたくなかったら、もっと早くに書類を提出してくださいね!」
「わぁーってるよ!ったく、アイツと一緒でうるせーったらありゃしねェ。」
「わかってるなら、もうちょっと早く・・・」

そんなレリオの不服の声は、激しく閉められた扉の音に遮られてしまう。
また室長の機嫌が悪くなる・・・と、レリオは堪えることが出来ず大きな溜息を漏らしながら書類の上へと突っ伏した。











フィオーレ通りは今日も賑わっていた。
陽も傾きすっかり夕食時で、あちらこちらから食事の良い匂いが漂い、どこの店も盛況な様子。
その中で一際賑わいを見せるエノテーカを見つけ、デビトは足を止めた。
見覚えのある看板の下、店の外にまではみ出したテーブルには、ほろ酔いの客たちが楽しそうに手を打ち鳴らし、果ては踊っている客まで居る。

「ったく、派手にやってんナァ。」

盛大な歓声がデビトの呟きを掻き消した。
所狭しと並べられたテーブルと人波を掻き分け、デビトは店内へと足を踏み入れる。
さして大きくもないエノテーカだが、店の奥にはカウンターに並ぶように小さな舞台が設置されており、そこでは月に数回、多い時には週に数回のペースで様々なステージが行われている。
だが参加する多くは素人ばかりで、こんな風に異常な盛り上がりを見せるのは珍しい。

「グラッツィエ!」

聞きなれた声が耳に飛び込み、デビトは舞台へと目をやった。
黒のパンツスーツにローザのシャツ。
いつも首元までしっかりと締めている黒のネクタイはネクタイリングごと外され、舞台袖のテーブルに置かれている。
どのくらいの時間歌っていたのかは知らないが、この様子からして1曲や2曲ではないのだろう。
肩に流すようにきっちりと縛られていたはずの髪は乱れて解けかかっていて、汗のせいか頬に張り付き妙に色っぽい。

「今日も盛況じゃねぇか、。」
「あら、デビト。まさか私の歌声を聴きに来てくれたのかしら?」

額の汗を拭いながらがそう微笑むと、デビトの口から相変わらずの甘い言葉が飛び出す。
も慣れたものでそれを軽く受け流し、乱れた髪が鬱陶しいのか一気に髪紐を解いた。
軽く頭を振って髪をほぐすと、ストレートのプラチナブロンドが肩へと流れる。
その色っぽい仕草に、その場に居た男性客たちがほぅっと溜息を漏らした。

「今日の仕事は終わったの?」
「ん?あ、あぁ・・・」
「??」

歯切れの悪いデビトの返事に、は小首を傾げるもさして気にした様子はないようだ。
コツコツとヒールを鳴らしが舞台の真ん中へと戻ると、未だ騒がしい客の一人が大声でリクエストを投げた。
「グラッツィエ!」とが笑みを浮かべ客に応えようとするが、彼女の隣でマンドリンを抱えていた演奏者が小さく首を横に振った。
どうやら彼はリクエストされた曲を知らないらく、申し訳なさそうに顔を歪める。
その曲はマンドリンがメインのため、彼が演奏出来ないのであれば仕方が無いと客も諦めようとした時、が「あっ!」と大きな声を上げた。

「デビト!」
「あぁ?」

ステージ近くの壁に凭れて居たデビトは、突然の呼びかけに迷惑そうに顔を上げた。
舞台へ視線を移すと、キラキラと目を輝かせたと目が合い、デビトは嫌な予感に口元を引き攣らせる。
そんな彼の様子も構わず、はマンドリンを受け取るとそれをデビトへと突き出した。

「は?ハァーーーーーー?!!」

エノテーカ内にデビトの声が響き渡る。
「どうしたどうした」と誰もが視線を向けてくる中、は無言で笑みを浮かべたままマンドリンをデビトの手に握らせると、その手を引いて舞台の上へと招いた。
突然のことで、どうやらデビトも抵抗することを忘れてしまっているようだ。

「デビト、昔はよく弾いてくれたじゃない。ほら、一緒に歌ったでしょ?」
「ハァ?!それとこれとは別だろーが!俺はやらねぇぞ。」
「そんなこと言わないでよ。私、デビトの演奏で歌いたいわ。それにこの曲、昔デビトが弾いてくれたからこそ好きになった曲なのよ?」

デビトは抵抗していた口をぴたりと止めた。
にとっては何気ない言葉だったのかもしれないが、彼にとっては殺し文句以外の何ものでもない。
表情こそ不機嫌なままだが、彼の心中はの言葉ですっかりと機嫌を取り戻していた。
「しゃーねぇなァ」と溜息交じりに用意された椅子に腰掛けると、長い足を組みマンドリンの弦を爪弾く。
澄んだ音が鳴ると、ガヤガヤとうるさい店内が波打ったように静まり返った。
「グラッツィエ」と小さく呟いたが、トン...トン...と足でリズムを刻む。
の細くも力強い声が、エノテーカ内を満たすように響き始めた。
静かで、それでいて体内に響くような歌声に、マンドリンの音色が重なる。
どこかで控えめな感嘆の声が聞こえ、誰かがほぅっと溜息を吐いた。
の歌声は勿論素晴らしいものなのだが、デビトの奏でるマンドリンの音色にも目を見張るものがあった。
まるでシニョリーナを扱うような繊細な演奏は、の歌声が交じり合い空間を満たしていく。
ライトグレーの瞳がアンバーの瞳をとらえると、その両方が楽しそうに細められた。
曲の一番の盛り上がり。
は胸に手を当て声を震わせると、彼女の力強い歌声にデビトの声が重なった。
マンドリンの音色に二人の歌声が絶妙なバランスで交じり合い、客達の耳に心地良く響く。

「・・・・・・まるで愛を囁き合ってるみたい・・・」

誰かがそっと呟いた。
が今歌っているこの曲は、故郷を残し独り旅に出た青年が遠い地から故郷を想い歌ったという、どこにでもあるようなありきたりな歌であり、決して男女の恋や愛の歌などではない。
それでもそう見えてしまうのも仕方の無いことなのだろう。
うっとりと目を細め、時折デビトと視線を絡ませ合いながら歌うの姿は艶やかで美しく、そして彼女の声に応えるようにマンドリンを奏でるデビトもまた愛しい者を見守る者の目をしていた。
誰かが言ったように、確かにそれは互いを確かめるように愛を囁き合う男女の姿にも見える。
歌と演奏が止み、エノテーカ内がしんっと静まり返る。

「ブラーヴィ!!」

口笛と共に大きな声が上がるや否や、あちらこちらから拍手や賛辞の声が飛び交い始めた。
余程力を籠めていたのか額に汗を浮かべたが、そのひとつひとつに満面の笑みで応える。

「ほら、デビトも!」

マンドリンを元の持ち主に返し、さっさとその場を後にしようとしたデビトをの腕が引き止めた。
スーツの首元を掴まれぐっと息を詰まらせたデビトが文句を言おうと振り返るが、それもの蕩けてしまいそうな笑みによって遮られてしまった。
「気持ち良かったねぇ〜!」と笑う彼女は、普段の大人っぽい雰囲気をどこにやってしまったのだろうか。
幼かった頃のままの笑顔を浮かべるに、デビトもふっと表情を緩めた。

「おや、デビトもそんな顔をするんですねぇ。」
の前くらいだよー。デビトがあーんな顔するのって。」

歓声に混じり聞き慣れた声が聞こえ、デビトのこめかみがヒクリと引き攣る。
「なんでテメェらがここに居んだよ!」とデビトが声を荒げるより早く、が「ルカ!パーチェ!」と声を上げ二人に駆け寄って行った。
その勢いは舞台から飛び降りんばかりで、慌ててデビトがその肩を掴んで止める。
デビトに体を支えられたまま、が二人に声をかけた。

「二人とも、聴きに来てくれたの?」
「ええ。今日は月末ですからね。」
「うんうん。毎月の恒例行事みたいなものだからねー。」
「ねぇ!どうだった?」
「素晴らしかったですよ、。」
の歌声は甘いドルチェみたいなんだよねぇ。ん〜・・・おれ、なんだかお腹空いてきちゃったよ。ラ・ザーニア頼んでいい??」
「ドルチェじゃネェのかよ!!」

グゥーっと盛大にお腹を鳴らすパーチェに、ルカが苦笑いを浮かべデビトがツッコミを入れる。
その様子を眺めてクスクスと笑うに向けて、エノテーカ内の客たちが「アンコール!」と騒ぎ始めた。
一部の客はデビトに向けて声を上げている。

「ねぇ、デビト!」
「あぁ?!俺はもうやらねーぜ。」

そう言って足早にステージから降りようとするデビトの首元を、またもが掴んだ。

「ねぇー、お願い!あと一曲だけでいいから!!」
「嫌だっつーの!!」
「あとで何でも言うこと聞くから!!」

の言葉にデビトがピクリと反応を示した。
パーチェが苦笑いで「あーあ」と漏らす。

!何でもなんて簡単に言うもんじゃっ・・・」
「うっせー、黙ってろルカ。よぉ、。今の言葉、嘘じゃネェよな?」

ニヤリと口元を持ち上げるデビトに、が何度も頷く。
「あぁぁぁぁ・・・」とルカが崩れ落ちんばかりに情けない声を上げるが、はそんなこと気にも留めていないようだ。
そんなルカを横目にデビトがくつくつと笑う。

「で、何やんだ?」
「んー・・・そうねぇ。あ!ね、三人とも!アレしない?」
「「「アレ?」」」

"アレ"ってどれだと三人が三人とも首を傾げる中、は一人ステージ脇でごそごそと何かを用意し始めた。
戻ってきた彼女の両腕に抱えられた物を見て、全員が「あぁ、アレか」と納得をする。

「って・・・私たちもですか!?」
「え?ダメ??」
「おれは良いよ!楽しそうじゃん?」
「そ、そうですね。断る理由もありませんし・・・」
「良かった!じゃあ、ルカはこれ。はい、パーチェも。デビトも、はい。」

ルカにアコーディオン。
パーチェにタンバリン。
そして、デビトにマンドリンを。
それぞれに楽器を手渡したは、満足げに頷くと「お待たせしました!!」と客席に向かって声を張り上げた。
「わぁ!!」と店内が歓声に包まれる。
その熱気に応えるようにパーチェがタンバリンでリズムを取り、ルカのアコーディオンが響いた。
賑やかで目にも楽しい演奏は始まったばかりだ。











すっかり夜も更けたフィオーレ通りに、街灯に照らされた四つの影が仲良く並んで動いていた。
そこいらでは夜はまだこれからだと、陽気なレガーロ男達がジョッキやグラスを片手に大騒ぎをしている。

「あー、楽しかったー!!」
「ええ、盛り上がりましたね。」
「うんうん!お礼のラ・ザーニアも美味しかったしねー!」
「パーチェ、てめぇは食いすぎだっつーの!ったく、いい晒しモンになったぜ。」
「そんなこと言ってー、デビトも楽しそうだったじゃーん!」

ニヤニヤと笑うパーチェを、こめかみをひくつかせながらデビトが怒鳴りながら追いかけ回す。
通りの喧騒に二人の騒ぐ声が混ざり合い、それに重なるようにの楽しそうな笑い声が響いた。

「それにしても珍しいですね、。」
「ん?」
「バイオリンですよ。最後に弾いてたでしょう?難しいから止めたって言ってましたが。」

が頷く。

「趣味程度には良いかなって。歌は大好きだけど、やっぱり楽器も楽しいわ。」

風がの髪を掬う。
汗はすっかり乾いたようで、さらさらと流れる髪が街灯に照らされてオレンジ色に輝いた。

(この笑顔は相変わらずですね。)

ふふっと楽しそうに笑うを見つめ、ルカはそっと心の中で呟く。
壊れてしまいそうなほど小さく目も開いていなかった幼子は見る間に美しく成長し、年齢と共に可憐さや純粋さと言った少女的な部分は薄れてしまったが、こんな風に浮かべる自然な笑みが全く変わらないことをルカは嬉しいと感じてしまう。
そんな自分が酷く年老いてしまったように思い、ルカはふっと自嘲気味に笑った。

「どうしたの?ルカ。」
「いいえ、なんでもありませんよ。ただ、のヴァイオリンは少し調子外れだったなと思い出しまして。」

誤魔化すようにそう言ったルカに、「趣味程度って言ったじゃない」とが恥ずかしそうに頬を膨らませた。

「そうそう。ヴァイオリンもそうだが、。お前一曲目の最後で音程外しただろ?」
「はぁ!?音外したのはデビトの方じゃない!」
「まあまあ二人とも、喧嘩はダメだよー?」

喧嘩という名のじゃれ合いが済んだのか、またも通りに四つの影が仲良さげに並んだ。
両端の影とは対照的に、挟まれた二つの影は重なり合っては離れてと忙しなく動き回っている。

「大体、デビトが音外すからつられたんじゃない!」
「んだとてめぇ!つーか、。外したことは認めんだなァ?」
「っ!?ちがっ!そ、それよりデビト。今日はただ歌を聴きに来ただけじゃないんでしょ?何か私に用でもあったんじゃないの?」

誤魔化すようにも聞こえるが、それはが純粋に気になっていたことであった。
こうやって月末になる度にステージを行っていたが、デビトがわざわざ店内に入ってくること自体が珍しいことで、さらに言えば声を掛けてくることなど今までになかったからだ。

「あ?あー・・・そう言やぁ忘れてたぜ。っとその前に。おい、。お前言ったよな。"何でも言うこと聞く"ってよォ。」
「デビト!!」
「うっせー、ルカ。てめーは黙ってろ。」

「言ったよな?」と再度に問いかけたデビトがニヤリと笑うと、は何だそんなことかと言いたげに頷いた。
「言ったわよ?」との答え付きで。

「そんじゃ、俺からの命令はたった一つだ。」
「どうせ、デートしろーとか、二人っきりで甘ーいシエスタをとか言っちゃうんでしょ?デビトってばー。」
「甘ぇな、パーチェ。月末なんだぜェ?」

デビトの言葉に「あっ!」とパーチェが閃いた。
それと共にルカが大きな溜息を吐く。

「デビト・・・あなた"また"ですか?」
「あーあー、うっせーなァ。おい、!」
「何よ。」

少し先を歩くが振り向くと同時に、デビトが「命令だ」と口にした。

「俺が今から渡す物を黙って受け取って黙って処理しろ。」
「はぁ?一体何なのよ・・・って、デビト。あんたまさか・・・」

が続きを発するよりも早く、デビトが彼女の前に一枚の紙切れを突き出した。
手を出したの指先が僅かに震えているようにも見え、ルカがはらはらとその様子を見つめる。
さっと目を通したの表情がみるみるうちに引き攣ると、さすがのパーチェも彼女を避けるように一歩下がった。

「デビト・・・・・・あんたねぇ!!」
「おっと、何でも言うこと聞くんだろ?なァ、?」
「っ・・・・・・」

眉間に皺を寄せ、こめかみをひくつかせ、は怒鳴りたい衝動を抑えるように歯を食いしばった。
デビトが「してやった」と言いたげに口角を上げる。
瞬間、彼は左頬にナニかが押し当てられたのを感じ、上げたままの口角を強張らせた。
視線のみを左へと移動させる。
ひやりと冷たい光が視界に入り、デビトは息を詰まらせた。

「お、おい・・・、ちょっと待て!」

ひくついた声でそう言うデビトの背後で、が首を横に振る。
ライトグレーの瞳が、デビトを睨みつけるかのように細められた。

「黙ってろとは言いましたが、怒るなとは言いませんでしたからねぇ。」
「うんうん。攻撃するな、とも言わなかったしねー。」

暢気なルカとパーチェを横目に、がナイフを大きく薙いだ。
しゃがむことでそれを回避したデビトが、通りを屋敷の方向へと全速力で逃げる。
ナイフをスーツの袖へと収めたは、そんなデビトの背中を睨むを狙いを定めて走りだした。
そのスピードはヒールを履いていること忘れるほどで、一瞬で小さくなる背中を眺める二人が大きく溜息を漏らした。

「あれは・・・・・・相当怒ってますね。」
「でも、命令をしっかり守ってるところは、らしいけどねー・・・」
「そ、そうですね・・・」

顔を見合わせたルカとデビトが、どうしても引き攣ってしまう表情を隠さずに、ははっと笑う。
屋敷に戻った二人の様子は容易に想像できる。
それであるが故に、戻りたくないとの思いが膨らんでいく。

「ねー、ルカちゃん。」
「なんですか、パーチェ。」
「もうちょっと飲んでから帰ろっか。」

本来であればここで、「何を馬鹿なことを言ってるんですか、パーチェ。」と怒るルカであったが、今日ばかりは別だ。

「そ・・・そうですね、パーチェ。それは良い考えです!」

巻き込まれるのは御免だ。
顔にそう書いたまま、ルカは満面の笑みでそう答えた。






La fine del mese...

月末はいつもこんな感じ・・・







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