小さくため息をひとつ。
 少しだけ震える指先でアンティーク風の鍵をつまみ、鍵穴へ差し込む。左に捻ればカチリと開錠される音が静かな部屋に響いた。空気が揺れるか揺れないか。それほど静かに蓋を持ち上げると、私の黒い瞳に赤が映り込んだ。
 文庫サイズのアルバムは合皮でできた表紙が少し安っぽくて、いつか買い替えたいなんてボヤいていたことを思い出す。その度にキミが「そう? 俺はこの色好きだな」なんて言うもんだから、結局タイミングを逃してしまった。
 【album】と書かれた筆記体の箔押しを指先でなぞると、やっぱりその質感も安っぽい。

「私みたい」

 そう零しても、「そんなことないよ」と反論する声は聞こえない。
 そうしてひとしきりキミが否定するだろう言葉を吐き出して、私はアルバムの表紙を開いた。

 一頁目に写っているのは私だ。
 驚いた顔でレンズを見る私の頬はほんのり赤く、首にぐるぐる巻きに巻いたマフラーが真冬だったことを示していた。

「いきなり撮るんだから」

 古いフィルム式のカメラが珍しかったのだろうか。キミは私のカメラのあれやこれを不躾に見つめたかと思えば、「撮ってみてもいい?」なんて笑って。「落とさないでね」とため息まじりに手渡した途端、私にレンズを向けてシャッターを押して、キミは楽しそうにケラケラと笑っていたっけ。
 ぺらりとまた頁をめくる。
 また私が写っている。どこで手に入れたんだか、突然キミが持ってきた時代遅れのビデオカメラを片手に、私はどこかはしゃいでいるようだった。

「こんな古いカメラを買うなんて、ほんとキミは物好きだよ」

 「君に言われるなんて心外だなぁ」なんて、おどけたような声はやっぱり聞こえない。
 また一頁。
 やっぱり私が写っていて、大きな口を開けてたい焼きを頬張る姿が馬鹿みたいに見えた。
 頁をめくる。
 頬を真っ赤に染めて驚いたように目を見開く私の唇に、ほっそりとした長い指が触れている。ああ、焼きたてだってのに、急いで食べて唇を火傷したんだったっけ。こんなところまで撮らなくていいのに。
 そして、また一頁、また一頁と頁をめくっていく。
 私ばかりが写る写真には、それでも所々でキミの手や足や髪が写り込んでいて、ああこのレンズの向こうにはやっぱりキミがいたんだと思い知らされた。
 残るは三頁。
 夜景を背にして空を指差す私。こんな都会の真ん中でようやく見つけた星を指した私に、キミは「綺麗だね」と笑って、「そうだね」と答えた私を一瞬きょとんとした目で見たかと思えば、お腹を抱えて声を上げて笑い出したっけ。未だにキミが笑い出した理由は分からないし、分かりようもなくて、私はまた頁をめくった。
 ぶれて何だか分からない写真の右端に、見切れるようにしてキミの髪が写り込んでいた。撮られてばっかりなのが癪で、カメラを奪った際に間違えて撮ってしまった写真だった。ぶれていても分かる綺麗な金髪に向かって「男のくせに生意気だよ」と唇を尖らせながら、私は最後の一頁をめくった。

 最後の頁だけがやたらと分厚かった。
 詰められるだけ詰めた写真の束を引き抜いて、私は、まるで緊張の糸が解れたように息を吐いた。

「多々良」

 写真の表面に指を這わせ、その一枚一枚に写るキミの名前を呼ぶ。

「……多々良」

 驚いたように目を丸めるキミの顔を撫でる。

「多々良っ……」

 美味しそうにたい焼きを頬張るキミの笑顔に目を細め、

「っ……たたら……」

 夜景をバックに両手を広げて嬉しそうに笑うキミの笑顔に、つられて私も笑おうとするけれど、上手くはいかなかった。
 めくるたびにキミとの思い出が涙と一緒に溢れ出て、去年の私が残した跡を追うように写真を濡らす。

「……っ……多々良っ……」

 レンズを覗いても見えなくて、シャッターを切っても写らない。電話をかけても繋がらないし、名前を呼んでも応える声は聞こえない。

「多々良……っ……たたっ……たた、ら…………ぅっ……」

 あと何年こうして泣けばいいのか。
 ねえ、多々良。私はあと何回キミの名前を呼べばいい?

 最後の一枚を手に取る。

 幸せそうに笑う多々良と、気恥ずかしそうに目をそらす私。
 最初で最後の二人で撮った写真は、まるでその思い出を塗りつぶすように涙で濡れて滲んでいた。
















ページを閉じてお戻りください。






inserted by FC2 system