ここは火の国、木の葉の隠れ里。
忍の里だ。
火影の元、数多の忍たちが命を懸けて守るこの里で、わたしは今日も元気に働いている。














!!ー!!ちょっと手伝ってちょうだい!!!」
「もー、お母さんってばうるさいなぁ!!そんな大声で呼ばなくたって聞こえてる!!」

キンキンと耳に響く声で、お母さんがわたしを呼ぶ。
相変わらずの大声にわたしも負けず劣らず叫ぶと、「あんたのがうるさいわよ!」と風呂桶がひとつ飛んできた。
分厚く重いうちの風呂桶は、頭にでも当たればそれこそたんこぶだけでは済まない。
それは過去に一度、今みたいにお母さんが風呂桶を全力で投げた際に実証済みだ。
思わず避けたわたしの背後に、運も悪く立っていた中忍の男の人。
鼻の上に走る一本の傷の更に上・・・風呂上りのまっさらな額にクリーンヒットをかました風呂桶は壊れることなく、代わりに大の男がひとり脱衣所で気を失った事実を思い出す。
それからと言うもの、避けることはせずに受け止めることにしている。
地味に手のひらが痛いのだけども、口にすると2つ3つと飛んでくるので止めておいた。

「ちょっとここお願いできる?」

風呂桶を指先に乗せてくるくると回しながら、「うん、いいよー」と答えると、お母さんは買い物カゴ片手に暖簾をくぐって出て行ってしまった。
夕食の買出しだろう。
秋真っ只中の少し肌寒い今日。

「お母さん!秋刀魚!!」

小さくなっていく背中に思わず叫ぶと、ぶんっとカゴが舞うのが見えた。
"了解"の合図だ。
俄然やる気が出てくる。
ちらりと時計を見上げるとまだ人が混みあうような時間ではないが、任されたからには気を抜くわけにはいかない。
番台の薄い座布団に腰かけたわたしは、ふわふわと風になびく『ゆ』と書かれた暖簾を見つめながら欠伸を噛み殺した。


"湯屋"


木の葉の里に古くからある風呂屋のひとつで、お財布に優しい料金と広い湯船、そして熱めのお湯が人気である。
チビッコたちにはキンキンに冷えた牛乳やラムネ、大人たちにはビールや冷酒といった、豊富な風呂上りの一杯も人気の秘訣だったりする。
大人は十両、子どもは五両。
昔っから変わらない料金設定に、それは少々不満はあるものの、こういった物で元は取れているので文句は言わない。
なーんて、自分にとって今更な情報を脳内に巡らせていたところで、見知った顔が視界に入ってきた。

「お、珍しいじゃねーか。今日はが番頭か?」
「はい、アスマ先生ここ禁煙。」

答えることなく灰皿を突き出すと、「はは、スマンスマン」なんて絶対に心にも思ってない謝罪を口にしながら、まだ少し長い煙草を皿底に押し付けて消した。
じろりと半眼で睨みつけても効果はないので、代わりに溜息を吐いてみる。
アスマ先生・・・猿飛アスマは木の葉の里の上忍で、先月めでたくも忍の仲間入りを果たした下忍たちの担当教官でもある。
確か第十班って言ってたっけ。
それに伴って、嫌がらせのつもりでアスマさんからアスマ先生へと呼び名を変えてみたのだが、嫌がるどころか照れ笑いを浮かべられては今更戻すことも出来ずにそのまま定着してしまった。
自宅に大きなお風呂があるにも関わらず、毎日うちに来る変わり者・・・・いや、お得意様だ。

「ってか、アスマ先生こそこんな時間に珍しくない?まだ夕方だよ?ハッ!!もしかして今からめくるめく大人のイチャイチャパラダって痛い!!」

てっきり今から身を清めて女の人の所に行くのかと思いきや、どうやら違うらしい。
力一杯おでこを叩かれてしまった。

「さっきまで、アイツらの相手してたんだよ。」

おかげで泥だらけだと言うアスマ先生は確かに埃っぽく、言うとおり所々泥で汚れている。
わざわざ着替えを取りに家に帰るくらいなら、そのままシャワー浴びればいいじゃないなんて思うが言わない。
だってせっかくの金づ・・・おっと、お客様なのだから。

「なんか知らんが今失礼なこと考えなかったか?」
「いえいえ何をおっしゃいますやら。ってさ、アスマ先生。さっきから後ろの人がなにやら取り残されたように寂しいオーラを放ってますがだいじょーぶ?」

額をさすりながらわたしが言うと、アスマ先生は「あぁ」とさも今思い出したかのように顎鬚を擦った。
オマケに「忘れてたわ」と一言。
今日は十班と七班の合同演習だったんだと言ったアスマ先生は、ちらりと背後に視線をやった。
つられてわたしもアスマ先生の後ろを見ると、そのまま視線は外さずに小さく会釈をする。
逆立った銀灰色の髪に、左目を隠すように斜めに結ばれた額当てと口布。
顔面で唯一見える右目はえらく眠そうで、わたしは見覚えはあるが珍しい人物をマジマジと無遠慮に見つめた。
はたけカカシ。
木の葉の里に住んでいて知らない人間は居ないと思うほどの有名人だ、とわたしは思っている。
いや、もしかしたら知らない人もいるかもしれないけどね。

「どうもご利用ありがとうございます、カカシせん・・・せい。」
「なんで噛んだ。」

とにもかくにも挨拶は大事だと、営業スマイルを満面に湛えてそう言うと、カカシ先生はちょっとだけ驚いたみたいに右目が動いた。
アスマ先生のツッコミはめんどくさいので無視だ。
「オレのこと知ってるの?」なんてバカみたいな質問するもんだから、「先生は有名人ですから」とだけ答えてみる。
「ふーん」と間延びのした声が聞こえたっきり、カカシ先生は黙ってしまった。

「こいつん家、今風呂壊れてるんだってよ。アカデミーのシャワーで済ますって言うから無理矢理連れてきたんだが。」
「アスマ先生ナーイス!!・・・・・おっと、いやいやそれは大変だ!いっそ修理は諦めてうちに通えば良いと思うよ!!」
「あのね・・・・・・君たちね・・・そもそもオレは湯船にゆっくりなんてタイプじゃなーいの。シャワーだけで十分・・・」
「ダメですよ、カカシ先生。今からどんどん寒くなるんだから、体冷えちゃいますよ?アスマ先生なんて湯船、サウナ、水風呂、サウナ、水風呂、湯船でしっかり体を温めてるおかげで・・・・おっと・・・」

冷たい視線を感じ、慌てて口を閉じた。

「ちょっとちょっと!アスマ、何ここ怖い。まさか風呂の入り方なんてチェックされちゃうの?」
「お、俺も知らなかったが・・・・・・まさか、・・・」
「違う違う違う!!人聞きの悪いこと言わないでよ!常連のおじーちゃんが言ってたの!"あいつはじっくり風呂を楽しむタイプじゃのぉ〜"って!!ちょっ、何その視線!!ほ、ほら!番台の前で喋ってたら他のお客さんの邪魔になるでしょ!」
「他のお客さんの姿が見当たらないけどね。」
「カカシ先生黙ってください。もー!ほら、二人とも十両ずつ!!」

ニヤニヤと楽しそうに笑うアスマ先生と、右目を細めるカカシ先生は絶対にわたしで遊ぼうとしている。
わたしの直感がそう告げている、というか二人の顔を見れば一目瞭然だ。
さっさと奥へ行けとばかりに両手を出すと、アスマ先生は右手に、カカシ先生は左手にちゃりんちゃりんと小銭を置いてくれた。

ちゃん。」
「ん?」

慣れた様子で先に行くアスマ先生を見送っていると、番台に体を預けたカカシ先生がわたしをじっと見上げていた。
わからないことでもあるのかと思って、簡単に説明でもしようとしたところ・・・

「覗いちゃやーよ??」

三十路前の男が頬を染める姿に、こんなに破壊力があるとは思わなかった。
あまりの気持ち悪さに、新規さんが来たら渡す『湯屋』マークが入ったタオルを投げつける。
カカシ先生は綺麗に受け止めて、今度は「ありがとね」と歳相応の笑顔を浮かべて更衣室の奥へと消えていった。



湯屋の営業時間は午後八時まで。
定休日は毎週火曜日。
湯船からお湯を抜きタイルを磨きながら、わたしはぼんやりと休みの明日は何をしようかと考える。
とくに思いつくこともなく、ボイラーの火を落とし、最後に更衣室をチェック。

「お母さーん!!忘れ物みっけたー!」

わたしは番台で売上金を数えているであろう、我が母上を大声で呼んだ。
ああ、そんなめんどくさそうな顔・・・
ひょっこりと顔を出したお母さんを手招きし、隣に立ったところで脱衣カゴの中を指差した。

「あらら」

カゴの端っこに丸まった物をつまみ上げ両手で広げたお母さんは、ただ一言そう呟いてさっさと番台へと戻ってしまった。
お母さんが忘れ物を広げた際に、一瞬ちらっと見えたものに目を見開く。
同時に盛大に吹き出しそうになったが、それはしっかりと堪えた。







休みの日は惰眠を貪るに限る。
日頃からそう言っているはずなのに朝一で叩き起こされたわたしは、満面の笑みを浮かべたお母さんからひとつの包みを手渡された 。
プレゼントなんて珍しいと口走ると、べしっと頭を叩かれる。
アスマ先生といいお母さんといい、人の頭をこうもバシバシ叩くものではないと思うんだが・・・。

「昨日の忘れ物よ。届けてきてあげて。」
「えー・・・・・・なんでわたしが・・・」

慌てて口を噤んだ。
冷気を纏った視線に見守られたわたしは、受け取った包みを大人しくポケットにつっこんだ。
休みだし、暇だし、ま・・・いっか。
忘れ物の主はわかっている。
多分あそこに行けば会えるだろう。
朝ご飯をかき込んだわたしは、まだ少し眠気の残る体に鞭打って里の中心にあるアカデミーへと向かった。

わぁきゃあと商店街を駆け回る子どもたちは、流石は忍の里の子どもたち。
道から木から電柱から屋根まで、全部使っての鬼ごっこはわたしも小さい頃にしたことがある。
そう言えばあの角の豆腐屋さんの屋根に上って、おっちゃんにむちゃくちゃ怒られたっけ。
わたしと同じように屋根に上ったのであろうやんちゃ盛りの少年が、豆腐屋のおっちゃんに怒られているのを見て思わず吹きだしてしまった。
今日も平和だと空を見上げたわたしの視界に、見慣れた羽色の鳥が一羽飛び込んできた。
右手を差し出すと、手紙にしては小さい紙切れがかさりと手のひらに転がる。
腕に留まることもせずに用件を済ます鳩に、相変わらず嫌な性格をしていると半眼で睨むが、彼は気にした様子もなくばさりと大きな羽を広げて飛び去ってしまった。
紙切れを広げて目を通す。
簡潔な文章を読み終えたわたしは、次の瞬間商店街から姿を消した。












◇ ◆ ◇ ◆

里の南部に位置する森の中。
鼻につく血臭と目の前に広がる光景に、オレは眉根を寄せた。

ドッ・・・・・・・ドサ・・・

鈍い音をたてて、目の前に黒い塊が落ちてくる。
視線を向けなくてもわかるそれは、今まで敵と認識し応戦していた忍だったもので。

―――オレの出る幕ないじゃないの・・・

目の前で繰り広げられる一方的な戦いに、ふうっとひとつ溜息を吐いた。




伝令用の鳥がコツコツと窓ガラスを突付く。
珍しい休みにそれでも特にやることも思いつかず、朝からイチャパラを一から読み返していたのだが、その突然の伝令にオレは、渋々手に持ったイチャイチャパラダイス(中)をベッドの上へと放り投げた。

―――結構いいところだったんだけどねぇ・・・

そうは思っても、里の長からの呼び出しだ。
瞬時に着替えたオレは、玄関を通ることなく窓からその身を躍らせ、すぐさま印を組んだ。

任務の際、パートナーが居ることは珍しくない。
それがSランクともなれば特に。
一人の方が気楽だと思う反面、任務の内容を告げられた際、目の前に居る今回のパートナーが適任なのだろう思った。
"暗殺戦術特殊部隊"
通称、暗部と呼ばれる火影様の直轄部隊の一人であるこの目の前の・・・・・・性別はわからないが背丈や体格から言えば、子どもか女は、オレの顔を見るなりどこか驚いたような気配を見せた。
面で顔が隠れているため表情はわからないが、ぴくりと肩が揺れたことに気付く。
火影様から任務の内容を聞く際も、どこかそわそわとして落ち着かない様子で、暗部がそんなんでどーすんのと呆れたことを思い出した。
まあ、実際に任務スタートしてみれば、その心配は杞憂だったのだが。

ぐちゅっと湿り気を帯びた音で、オレは顔を上げた。

「一人居れば十分ですか?まだ向こうに一人残してますが。」
「んー、まあ十分じゃない?」

そう答えると、彼女(声の高さでそう判断した)は躊躇うことなく首元に当てたクナイを横に引く。
勢いよく吹き出した血がオレの足元まで飛んできたことに対して、彼女は「すみません」と口ばかりの謝罪を述べた。

「では・・・・・・」
「どーすんの?」
「適当に拷問でもすれば口を割るかと思ったんですが、あっちの人はこれがなかなかしぶとくて。」

あっちと彼女が指差した先、樹に縛り付けられた忍はすでにボロボロで、戦意を喪失しているようだ。
そりゃそうだろう。
あんな一方的に叩かれて、挙句の上には自分がターゲットに選ばれてしまったのだ。
それでも口を割るまいとした固い意志はひしひしと伝わってくる。

「だから無理矢理聞き出します。」

にこりと微笑んだような気がした。
声色はどこか楽しんでいるように弾んでいる。
特に止めることもなく放っておくと、彼女は軽い足取りで敵忍の男の下へと近付いていった。
何をするつもりかと観察していると、何を思ったのか彼女は、噛み付かんばかりに睨みつける男の頬を両手で包んでしまった。
「は?」と思わず口から漏れてしまう。
本当に何をするつもりなんだ・・・。

「さて・・・さっき一通り聞いたことをもう一度繰り返します。」

ギリっと奥歯を噛み締める音が聞こえた。
黙ったままの男に、「言わないですか?言わないですよねー。わたしだって言いませんもん。」とケラケラと馬鹿にした風に笑う彼女は、それでも同じ質問を何度も繰り返す。

「この文書を奪えと命じたのは誰ですか?」

馬鹿みたいに何度も繰り返すのを横目に見ながら、一体どうやって聞き出すのかにオレは興味を引かれた。
まさか相手が諦めるまで繰り返す訳ではないだろう。
そう思っていたまさにその瞬間だった。

「わかりました。では実力行使に出るとしましょう。」
「なっ・・・・何をするつもりだ・・・・・・」
「簡単ですよ。貴方の脳内に入り込むだけです。そこから必要な情報だけ引っ張らせてもらいます。」
「なっ!!そんなことできる訳がっ!!」

男は驚愕に目を見開いた。
そりゃあそうだ。
オレだって驚いているのだから。
「でも・・・・・・」と、少し躊躇うような声が彼女の口から飛び出した。

「本当はわたしだってやりたくないんですよ?だって、わたしが貴方の脳内を読むと同時に、貴方もわたしの脳内を読めちゃうんですから。ああ、恥ずかしい。あーんなことやこーんなことを考えてるってバレちゃうのは本当に恥ずかしい。でも・・・・・ま、いいんです。だって全部終わる頃には、貴方は壊れちゃってるんですから。」

ぞくりと背筋が粟立った。
周囲の空気が凍りついたように冷たく感じる。

「じゃ、行きますよー。」

緊張感のない声が聞こえ、そしてこの世のものとは思えない絶叫が森に木霊した。




「さ、てと・・・・・・オッケーです。終わりました。」
「ほーんと、オレの出る幕なかったね。」

穴という穴から血液とも体液とも判断がつかない液体を流した男は、すでに事切れているようだ。
ハンカチで手を拭きながら近付いてくる彼女に、オレは無意識のうちに奇異の目を向けていたのだろう。
「ん?」と首を傾げた彼女は、先ほどで目の前で繰り広げられた術について簡単に説明をしてくれたのだが・・・到底理解できそうもなかった。

「さて、では里に戻って報告致しましょう。」
「ああ、そうだな。」
「あ、そうだ。その前に・・・・・・」

ベストの下に手を突っ込んだ彼女は、ごそごそと何かを探しているようだ。
かさりと音がして出てきたものに、オレは「何これ」と思わず口にした。
無理矢理捩じ込んでいたのだろう、くしゃくしゃに潰れた包みを目の前に差し出されては、そんな風に言ってしまいたくもなるだろう。
素直に受け取ることを躊躇うが、彼女は尚も包みを突き出してくる。

「忘れ物です。」
「は?忘れ物?オレが??」

忘れ物って・・・・・・オレと彼女は初対面だし、そもそも暗部に忘れ物なんてした覚えはない。
ぐるぐると記憶を辿っていると、ふっと彼女が笑った気配がした。

「中を見ればわかりますよ。」
「あ・・ああ・・・・」

彼女の言葉に素直に包みを受け取り、中を確認したオレはその場に凍りついたように固まってしまった。
丁寧に畳まれた黒いそれはまさしく・・・・・・

「まさかパンツに名前書く人が居るなんて思いませんでしたよ。ま、おかげで持ち主がすぐにわかったんでこちらとしては非常に助かったんですがね。」
「なっ!!ちょっ・・・・これ・・・・・・」

予想外の出来事に、不甲斐無くも動揺を隠し切れないオレは、無意識に言葉にならない言葉を紡いでいた。
彼女はケラケラと腹を抱えて笑っている。
きっと面の向こうの瞳は笑いすぎで涙でも滲んでいるだろう。

「黒のボクサーですか。無難ですね、カカシせんぱ・・・・・おっと、カカシせんせ?」

そう言って面を外した彼女の素顔は、オレの予想した通りだったのだが―――――

「!!?」

ちゃんの良い笑顔を目の前に、オレはただ絶句することしか出来なかった。




お風呂屋さんの娘さんは、実は暗部だったなんて・・・・

「意外性ナンバーワンだね・・・キミ・・・・・・」

そう言うと、彼女はまた良い顔で笑った。







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