頬を生暖かい風が撫ぜた。
一匹
二匹
三匹目から数えるのを止めた悪魔は塵になり風に舞う。
「よお、モニカ!俺の誘いは断っといて、こんなところで悪魔とダンスか?」
そう言う彼の背後で異形のモノが動く。
「私はあなたの可愛いモニカじゃないの。という名前があるのをお忘れかしら?」
「おいおい、俺に当たったらどうするんだ、モニカ。」
「うるさい。当たっても死なないくせに。」
やれやれと肩を竦める銀の悪魔に悪態を吐くと、今度こそ赤で染められた屋根を蹴った。
MONICA
家に着き、悪魔の血と埃にまみれたコートを脱ぎ捨てシャワーを浴びたのが深夜3時過ぎ。
「ったく!人のことモニカモニカって、一体何なのよ!!」
ガンッ!!と大きな音を立て、ミネラルウォーターの瓶をダイニングテーブルへと叩きつけるように置く。
まだ覚えてる。
(―――俺はダンテ。あんたの名前は?)
そう言って悪戯っ子のように細められたブルーの瞳に心を奪われた。
「な・の・に!!」
(―――ようやく見つけた。俺の可愛いモニカ。)
「誰よ!モニカって!!私はだって何度も言ってるのに!!自分から名前を聞いてきたくせになんなのよ!!」
つぅっと前髪を伝った雫が目尻に触れ、涙のように伝って床に染みを作る。
ダンテは、私が依頼を受けると現れる。
『 モニカ 』
と私を呼ぶ。
―――腹が立つ?・・・違う。
私はそれが悲しいんだ。
夜が明けたら報酬を受け取りに行こう。
夜が明ければすぐに、と思ってはいたものの、目が覚めたのは陽がとっくに昇りきった昼過ぎ。
依頼主はよほど切羽詰まっていたのだろう。
『やっほー!マスター元気?』
片手を挙げ、そう言おうと唇を『YA』の形に歪めた瞬間、私の意志とは別に自然と違う形へと変化した。
「げっ!ダンテ!」
カウンターの端に座り、ロックグラスを傾ける赤いコートの男が視界の端に入り思わず声を上げてしまう。
「よお!じゃねぇか!俺っちの隣に来てくれるとは嬉しいねぇ!」
人が居ることに気付かず椅子に座ったが、声を掛けてきた男の姿を見てほっと息を吐いた。
「あら、エンツォ。たまには貴方の隣も悪くはないかなと思って。」
座ると同時に目の前に差し出されたグラスには薄桃色の液体が注がれていて、それがここの常連であることを示していた。
「無視とは冷たいなぁ、俺のモニカ。」
いつの間にか私の隣へと移動してきたダンテが、そう言いながらニヤリと笑った。
「いい加減にしてよ!!私はモニカじゃない!!!」
そう怒鳴ると、驚くダンテの顔に向かってグラスを投げつけ、逃げるようにバーを後にした。
「なぁ・・・お前さんもしかして言ってなかったのか?」
「ん?ああ。あの反応も可愛いだろう?」
「はぁ、まったく呆れたもんだぜ。」
「しかし、そろそろ限界だな。おい、エンツォ。ひとつ頼まれてくれ。」
「あぁ?」
残された二人がこんな会話をしていたことなんて、当たり前だが知る由もなかった。
腹が立つ腹が立つ腹が立つ!!
「声が大きいわ、エンツォ。」
「まあ聞けって!!聞き逃すと損するぜ??」
回りくどい言い方はこの男の悪い癖だ。
「はぁ・・・もう、なんなのよ。早く話しなさいよ。」
「お前宛の依頼だ。内容も報酬も文句ねぇ!!受けなきゃ損だぜぇ!!」
私を指定してくるなんて珍しい客も居るもんだ。
「内容は?」
静かにそう言うと、エンツォは先程までの声量が信じられないほど静かに言った。
「電話では言えない。会ってから話す。」
と。
指定された場所はこの街で一番大きい図書館の前。
「おう、!!遅れてすまねぇ!!」
全くすまないという顔をしていないエンツォに鉛玉の一発でも食らわせてやろうかと思ったが、その考えも彼が右手に持っていたものを見て顔を顰めるだけに終わった。
「私に薔薇をプレゼントするだなんて。エンツォも趣味が悪いわね。」
「待て待て!俺っちからじゃねぇよ!依頼主からだ!!」
その言葉にピクリと反応する。
「この依頼無かったことにして・・・」
背筋に悪寒を感じ、断ろうと口を開いた時だった。
「この花が"モニカ"だ、。」
ぽいっと投げて寄越された花束を受け取る。
「じゃあな、!花の意味はそこの図書館で調べろってさ!!」
さっさと立ち去ってゆくエンツォの背中を見詰めながら、私は動くことができずただ立ち尽くしていた。
(よお、モニカ!)
(ようやく見つけた。俺の可愛いモニカ。)
カっと顔が熱くなる。
ゴツリ・・・
アスファルトを踏む、重いブーツの音が背後から聞こえる。
ゴツ・・・ゴツ・・・
重い音が誰も居ない公園にやけに大きく響く。
「っ!!」
ふわりと温かい腕が背中に触れ、そのまま私の体を包んだ。
「よお、モニカ。こんなところに一人で居ると襲われるぜ?」
「だ、から・・・モニカじゃ・・・」
耳元で囁かれた言葉にも、消え入りそうな小さな声でしか抵抗できない。
「っひゃ!!」
髪から覗く耳にちゅっと軽い音をたててキスをされ、その突然のことに変な声が出てしまった。
「そんな表情もそそるな。」
くるりと体の向きを変えられ、正面から顔を覗き込まれた。
「その様子じゃ、ようやく伝わったみたいだな。モニカ。」
「ダ、ンテが、遠まわしすぎるのよ・・・」
顔を上げることなく、くぐもる声にも構わずそう言うと「お前が鈍いんだ。」と返されてしまった。
「いまさら・・・」
「ん?」
「いまさら、冗談だなんて・・・言わないよね?」
目を逸らさずにそう言うと、ダンテが僅かに目を見開いた。
「モニカは本当はダンテの大事な人で・・・それで私と重ねてるとかじゃ、ないよね?」
何も言わないダンテに、目頭が熱くなる。
「わたし・・・」
―――身代わりじゃないよ?
そう言おうとした唇は、ダンテの熱を持った唇に遮られてしまった。
「お前だけだ、俺のモニカ。」
キスの間に囁かれるダンテの低い声に脳の奥がじんっと痺れた。
「だったら・・・名前を呼んで?モニカもいいけど・・・あなたの言葉で教えて?ねぇ、ダンテ・・・」
―――愛してるって言って・・・
「・・・俺の可愛い愛しい。愛しているのはお前だけだ。」
目尻に溜まった熱い涙が、幾筋も頬を伝う感触がした。
「答えは?俺の可愛いモニカ。」
そんなの勿論・・・
END
薔薇の花言葉:愛、恋、美、幸福
ページを閉じてお戻りください。
|