「だから何が言いたいってね、一緒に居る"だけ"で幸せー☆なんて絶対に嘘だと思っちゃうわけよ。」

「・・・・・・・・・・はぁ?」

突然立ち上がったかと思えば、一部分を強調するようにそう言ったにバージルは、彼には珍しく素っ頓狂な声を上げた。
ああ、今日は珍しく静かだなと思っていたのに。
唐突に何を言い出すんだと、彼女が左手に握り締めた本へと視線を向ける。
淡いピンク色のカバーに、これまた淡い文字で書かれたタイトル。
若い女性が好みそうな"いかにも"なデザインのそれは、ちらりと目に入った帯の内容から見て、今流行の恋愛小説らしいことがバージルにもわかった。
ノンフィクションを謳ったそれはの興味を惹くことに成功したようで、一緒に本屋に行った際にこっそりと買っていたようだ。
帰宅するなりソファーに深く座り真剣に読み始めたは、その一文字一文字にいちいち百面相宜しくコロコロと表情を変えながら読み進めていた。

「そうでしょ?バージルもそう思うよね?」

「いや、だから一体何の話だ。」

ぐるりとバージルへと視線を向け握りこぶしを作りながら、そう投げかけてくる
言葉通り・・・一体何の話だと言うのだ。
そんな思いが顔に出てしまっていたのだろう。
向かいのソファーに座っていたが静かに立ち上がった。
その拍子にの膝の上に置かれてい小説がぱさりと軽い音を立てて落ちる。
気に留める様子の無いところから見て気付いていないのだろうか。
後で拾ってやらねば、と少し表紙の端が折れてしまった哀れな小説へと視線を向けたバージルの視界にふっと影が降りた。
顔を上げると自分を見下ろすの黒目がちの瞳とぶつかる。

「だってほら。今みたいにバージルと一緒に居れて私は幸せよ?でも、それだけが幸せかって聞かれたら絶対に"No!"って答えるわ。」

立ったままのは、そう言いながらバージルの隣へと腰掛けた。
ゆっくりとそれでいて聞き取りやすい声量はバージルにとって心地良いものなのだが、いかんせん内容が把握しきれない。
彼女は一体何をもってこの話をしているのだろうか。

―――まあ、大体の予想は付くが・・・

恐らくは彼女が今まで読んでいた恋愛小説とやらのせいだろう。
真剣に読書に励む姿は、読書家のバージルにとっても嬉しいこと。
だが、物語に入り込みすぎるのは彼女の悪い癖なのかもしれない、とバージルは心の中で小さな溜息を吐く。
そんな風に思われていることも露知らず、はバージルとの距離をどんどんと縮めてゆく。
ずいっと眼前にまで迫ったの表情は至って真剣で、それでいてどこか嬉しそうだ。
ソファーの上にブーツのまま膝立ちになるを咎めることなく、バージルは続きの言葉を待った。

「一緒に過ごせることは幸せだけど。一緒に居ればこうやって近付きたくなる。触れたくなっちゃう。」

つぅっと白く細い指がバージルの首筋をなぞり、そのまま軽く顎を持ち上げられる。
ギリギリまで顔を近付けて口付けをする真似をしたの、普段は絶対に見せないような大人びた表情に思わず産毛が逆立ちそうになった。
まったく・・・こんな表情ですら無意識なのだろうから侮れない。
あと少しだけ顎を持ち上げれば、簡単に口付けを交わすことができるだろう。
誘われるように薄く唇を開いたバージルは、の丸い後頭部へと手を伸ばし、さらりとした髪に指を絡ませる。
あと少し・・・
だがその思いも空しく、甘い唇を味わおうとするよりも早くの細い腕がバージルの首筋へときゅっと絡められた。
何も言わないバージルを・・・いや、何も言えないバージルに気付くことなく、首筋に顔を埋めたはその温もりを楽しむように鼻を擦り寄せた。
その様子がなんとも愛しくて、バージルは重ねることの叶わなかった唇の端を持ち上げるとそっとの背中に腕を回す。
ふふっと笑ったの嬉しそうな声が耳を擽る。

「こうして抱き付くのも幸せ。ほら、こうやって抱きしめてくれるのはもっと幸せ。でも・・・」

言いよどむその言葉の続きを、ゆっくりと背中を撫でることによって促す。
バージルは丁度自分の口元にあるの形の良い耳に唇を寄せると「でも、どうした?」と優しく囁いた。

「幸せだけど・・・だけどね、バージルに抱きしめられると、その更に先を求めてしまうの・・・」

段々と語尾が弱くなり、それとは逆に耳がどんどんと赤く染められてゆく。
ああ、なるほど。
バージルは自然と口の端が吊り上ってしまうのも構わず、抱きしめる腕に力を籠めた。
抱きついたままその先を言おうとしないに、言葉では表しきれない愛しさが込み上げてくる。

「その先、とは?」

わかっていながらもそう尋ねずにはいられなかった。
首に縋るように絡みつく腕に力が籠められる。

「いじわる・・・」

その少し不機嫌に呟かれた言葉すら今のバージルにとっては甘い囁き以外の何物でもなく。
ふっと笑いを零したバージルに、は観念したように口を開いた。

「抱きしめられると、キス・・・したくなる。キスしたら、もっと求めてしまう。ねえバージル・・・」



Q1.どうして私はこんなにも欲深いの?



「そんなもの・・・」



A1.愛しているからに決まっているだろう。



「俺とて、お前と同じだ。」

驚いたように目を丸くしたは、慌てたように顔を上げた。
その視線から逃げるように顔を逸らしたバージルの耳が、珍しく朱に染まっている。

「じゃあ、バージル・・・」



Q2.この欲を満たすにはどうすればいい?



「では、」



A2.まずはキスから。












END








ページを閉じてお戻りください。






inserted by FC2 system