こんなにも恐怖を感じたのは初めてだ・・・
一面には純白の花
広い湖は透き通ったオリエンタルブルー
どこから舞い降りてきたのか、ひとひらの花弁が湖面を揺蕩っている
雲ひとつない青空
あおとしろで織り上げられたこの世界に
紛れ込んだ異質な色
「」
浄い世界に似合わぬこの色はなんといっただろうか
「」
指を差し込めばさらりと零れるこれは"漆黒"
手のひらに馴染むように吸い付くこれは誰かが"象牙"のようだと言っていた
今は薄い瞼で隠された先にあるのは"黒曜石"か
だが
彼女を今染め上げている色は・・・
朝焼けに染まる
冷たい汗が頬を伝ってシーツを濡らした。
あかい月
指の隙間から見えるブルーの瞳が大きく見開かれる。
ドクン
ドクン
しんっと静まり返った室内で、聞こえるのは自身の心臓の音のみ。
ドクン
ドクン
ドクン
ドクン
「ぅん・・・」
衣擦れの音と共に小さな溜息にも似た声がダンテの耳に飛び込んできた。
「・・・」
心の底から愛しくて止まないその人の名を呟く。
漆黒の髪に象牙の肌。
相変わらず美しくて愛しい、が・・・
―――足りない
どくんとまた大きく心臓が跳ねる。
だからこそ・・・
引き剥がした両腕をそっと白く細い首筋に這わす。
どくん・・・どくん・・・
じわりじわりと力を籠めてゆく。
「っ・・・だん、て・・・?」
薄っすらと開かれた瞼の奥から、光を反射して輝く瞳が顔を覗かせた。
「どうしたの・・・?何か、あった?」
寝起きの少し舌足らずな喋り方でそう尋ねるに、ただ一言"悪い"と答える。
「悪い・・・本当になんでもないんだ、。」
「嘘」
はっきりとした声が耳に届き、ダンテは目を見開いた。
「なんでもない・・・ただ少し・・・」
熱をもった柔らかな唇に遮られ、その言葉の先を紡ぐ術を失ってしまう。
「んぅっ・・・っはぁ・・・」
ようやく解放され、は荒い息を整えるように浅い呼吸を繰り返す。
「・・・お前を殺す夢を見た。」
唐突に吐き出したダンテの言葉に、が小さく息を飲んだのがわかった。
「白い花の真ん中で、真っ赤に染まったお前が倒れていたんだ。俺の両手も血で汚れて、ただ俺はお前を殺したんだと・・・」
夢の内容を辿るようにそう語るダンテの唇は微かに震えていた。
「ただ恐ろしかった。目が覚めた時、夢で良かったと思った。」
「ダンテ・・・」
ゆっくりと顔を上げたの瞳とダンテの瞳が合わさる。
「俺の血の半分は悪魔だ。この夢がいつ現実となるかもわからねぇ・・・現に今だって・・・」
―――俺はお前を殺そうとしていた
寸でのところで言葉を飲み込む。
「俺が恐いか?。」
「ううん。」
小さいが、きっぱりと意志を持った声が耳を抜けて胸に突き刺さる。
「ちょっと吃驚しちゃったけど・・・でも恐くないよ。私はダンテに殺されることなんかよりもね、必要とされなくなることの方が恐い・・・と思う。そっちの方がよっぽど恐ろしいよ・・・」
最後の方は消え入りそうなほど小さく呟かれ、しんっとした室内に溶けてゆくようだった。
「あ、でもやっぱりちょっと嫌かな・・・ダンテと話したりできなくなっちゃうし。」
その言葉にぽかんとしてしまった。
「・・・お前な・・・」
「だって、そういう問題だよ。」
ダンテの呆れた声を、真剣な声が遮る。
「ダンテと話せなくなっちゃうのは嫌だ。触れれなくなるもの嫌。キスだって出来なくなっちゃうんだよ?私はもっとダンテといろんなことがしたい。いっぱい話したいことだってあるし。それに何より・・・死んじゃおうとなんだろうと、ダンテと一緒に居れないことが私には一番辛い・・・私はずっとダンテの隣で生きてたいっ・・・それだけわ、たしはっ・・・」
ぽろりとひと滴、温かい涙がの頬を滑り落ちる。
「あはは・・・なんでだろ。涙出てきちゃった。」
恥ずかしそうに笑って誤魔化すを無我夢中で抱き寄せた。
「ダンテ、くるしいよ・・・?」
「悪い」
そう答えるが、ダンテはを抱き締める腕の力を抜こうとはしなかった。
「だから、ダンテ。離れ離れにならないようにずっと私を守ってね?」
赤とも朱ともつかぬ色に染め上げられたダンテの銀糸に指を絡ませ、はそう呟いた。
「ああ、勿論だ。」
一緒に笑って生きるために、邪魔するすべてのものから君を守ろう。
END
ページを閉じてお戻りください。
|