くぁ・・・と大きく欠伸が出て、じわりと両の眼に涙が浮かんだ。
眼が痛い。
乾ききってしまった瞳を潤そうと必死なのか、涙が沁みて・・・非常に痛い。
パチパチと何度も瞬きをすると、集中力が切れてしまったのだろう。
後頭部と背中がずきりと痛んだ。

「うぁー、疲れた・・・っいたぁ・・・痛い痛い痛い!!あぁー・・・」

情けない声を上げて凝り固まってしまった体をほぐすように伸びをすると、私の涙でぼやけた視界に大きな満月が飛び込んできた。
あれ?おかしいな・・・
ついさっきまであの窓からは眩しいくらいの陽の光が射し込んでいたはずなのに。
なんでこんなに真っ暗なんだろうか。
満月?・・・月?
あれ?今、何時?

電気ひとつ点いていない室内はパソコンの画面が発する光のみでぼんやりと薄暗く、集中している時には気づかなかったが、白がメインのそれは今の私の眼に非常に毒である。
目潰しを食らったかのような殺人的な衝撃に反射的に両手で眼を覆った。
目薬を求めてデスクの上に手を這わす。
ぱたぱたと何度か手を往復させるが求めている物は指先に掠りもせず、私は大きな溜息を吐いた。
一体私は何をしているんだ・・・先に電気を点ければ済むことなのに。
当たり前のことに気付かないほど鈍っていた自分の頭の弱さに、違った意味で涙が滲む。
未だ回復しない両眼を守るように椅子から立ち上がると、ふらりと体が傾くのを感じて驚いた。
がたんっ!と大きな音がしたかと思えば、お尻に痛みを感じる。

「っいたた・・・」

いよいよ情けなさも最高潮を迎えようとした時だった。
ゴツゴツバタバタと大きな音をたてて誰かが階段を昇ってくる音が耳に届いた。
誰か、なんてこの家に居るのは私以外に一人しか居ない。

!でけぇ音が聞こえたが大丈夫か!?って・・・何だこの部屋、真っ暗じゃねぇか!!」

パチンッ!
軽い音がしたかと思えば、瞼の裏いっぱいに白い世界が広がる。
今目を開けたら会心の一撃を食らうに違いない。

「はぁ・・・。ったく、うちのお姫様はこんなとこに座り込んで何やってんだ?」

溜息と、それに見合った声が頭上から降ってきた。
恐る恐る目を開けると、想像通り。
ダンテが半眼で私を見下ろしている。

「びっくりしたぁ・・・ダンテ!わたしね、わたし・・・っ!」

「それはこっちの台詞だ。いいから落ち着け、とにかく落ち着け。」

「落ち着いてられないわよ!わたし時間越えちゃったみたい!時空移動?あれ?違うな。ほら、あれよ。昔映画で観たあれみたいなやつ!なんだっけ・・・あー、ここまで出てるんだけど。タイム・・・えっと・・・タイムー・・・」

「タイムスリップか?それともタイムワープ?」

おしい!非常におしい気がする!!
なんだっけー・・・喉元まで出掛かってるのに肝心の声となって飛び出してこない。
答えの代わりに私の口から出るのは「あー」だとか「うー」だとか意味を持たないものばかり。
映画のシーンが一瞬だけ頭を過ぎって、今まで出てこなかったのが嘘のようにすんなりと私の口から零れた。

「タイムリープ・・・。そう!タイムリープ!!」

ようやく出てきた自信満々の答えに正解のベルは鳴り響かず、その代わりにダンテの盛大な溜息が降ってきた。

「OK...OK baby...お前の言いたいことはわかった。痛いほど伝わってきた。」

「さすがダンテ!わたしのことを理解してくれるのは・・・って!何!?ちょっと、ダンテ!えっ!?何!!?」

ふわりと体が浮いて、気付けば真上にあったはずのダンテの顔が私の真下に移動していて。
移動したのはダンテの顔じゃなくて私の方で?
訳がわからなくなってあたふたと焦った私がそんなにおかしかったのだろうか。
クッと喉を鳴らたダンテはそれが合図かのように、声を殺して笑い始めてしまう。
抱き上げられて逃げ場の無い私の胸元で、ダンテの銀髪が笑い声に反応してサラサラと揺れる。

「もうっ!そんなに笑うことないじゃない!私だっていきなり抱き上げられたら焦りもするわよ!!」

どさくさに紛れて胸元に顔を埋めようとするダンテの髪を思いっきり引っ張った私は、眉間に皺を寄せてそう怒鳴ってやった。
引っ張られるままに上を向いたダンテは収まりかけた笑いの波がまた来てしまったのか、またもや顔を歪めて、今度はお腹の底から声を上げて笑い始めた。

「―――〜っ!!もーいいもん!」

「ック!ハハッ!!、違う違う、そっちじゃねぇよ。」

笑いすぎて薄っすらと涙を浮かべた青い瞳が、拗ねて逸らした私の顔をじぃっと覗き込む。
ちらり。
目だけ動かしてダンテの表情を確認すると、想像以上に人を馬鹿にしたような笑みを浮かべていた。
無性に腹が立つ・・・。
文句を言ってやろうと口を開いた瞬間―――。

「っきゃ!!」

上半身がぐわんと振り回され、飛び出すはずだった文句の言葉は悲鳴に摩り替わってしまう。
そのままくるくると何度か回って、スプリングがぎしりと軋む音が私の耳に届く頃には真下にあったはずのダンテの顔が、またもや真上に移動していた。
背中には分厚いマットレスのふわふわとした感触。
上半身には温かくて少し重いものが圧し掛かって。
頬を撫でるさらりと柔らかい感触に、ハッと我に返った。

「ちょっと!ダンテッ!!」

「Shh−・・・イイ子だ、。よーく聞け。」

「・・・っ!な、なに・・・?」

耳元を擽るダンテの低い声に、喉が引き攣って吃音ってしまう。

「タイムリープをしてしまったお姫様に、俺が特別にイイコトを教えてやる。」

囁くついでにフッと耳に息を吹きかけられ、思わず身を固くしてしまった私の反応を面白がるかのように、ダンテはまた低く喉を鳴らして笑った。
ダンテが笑う度に息と髪の毛が私の耳と首筋をくすぐって、文句を言いたいのに悔しいかな・・・口を開くと間違った声が出てしまいそうだ。

「どうした、。お前に必要なことだ。知りたくねぇのか?」

「―――っ!!な・・・にを・・・っ」

飛び出そうになる声を押し殺してようやくその一言だけ言うと、ダンテは満足したかのように私の首筋から顔を上げた。
相変わらず意地悪い表情をしている。

「必要なことって・・・なに?」

聞きたいような・・・聞きたくないような・・・
ドクドクと鳴り始めた心臓の音を隠すように私は胸に両手を当ててダンテの言葉を待つ。

「寝ろ。」

「・・・は?」

我ながら情けの無い、素っ頓狂な声が口から漏れた。
ねろ?ネロ?・・・寝ろ??

「今お前に必要なのは睡眠だ、睡眠。ったく、目の下にこんなでけぇクマ作りやがって。仕事するからってお前が部屋に篭って何時間経ったと思ってんだ?ざっと半日だぜ?半日。」

半日・・・?一日が24時間だから、えーっと・・・

「じゅ、じゅうにじかん・・・?」

私の言葉にダンテはこくりと頷く。
そりゃ平衡感覚すら無くなるはずだ。
そう思った瞬間、今までこなかったのが不思議なくらいの睡魔が私を襲い始めた。
ふわふわとしたマットの感触とちょうど良いダンテの重みとが睡魔の攻撃力を上げる。

「イイ子だ、darling.」

囁くような低い声がさらに・・・

「でも、仕事・・・まだ、残って・・・」

搾り出した声がぼわんぼわんと低く響いて、まるで自分の声じゃないよう。
薄っすらと開いた瞼から入り込んできた蛍光灯の光だけが、今まさしく睡魔に捕らわれようとしている私を守る盾。

「わかったから。心配するな、。今は眠ることだけを考えろ。」

温かいものが優しく私の目元を覆う。
あぁ・・・唯一の盾も剥ぎ取られて、しま・・・った・・・









意識内時間移動現象 タイムリープ








すぅすぅと規則正しい息遣い聞こえ始め、ダンテはふっと頬を緩めた。
自身の手のひら一枚で多い尽せてしまいそうなの小さな顔を覗き込むと、つい先ほどまでのやり取りが嘘のように穏やかな寝顔をしている。

「Good night...A sweet dream...」

微かな笑みを浮かべたの口元にちゅっと小さなリップノイズを響かせて、ダンテはその小さな体を優しく抱き締めた。




―――どうか目覚めた彼女がまたもや、"時間移動した!"・・・なんて言いませんように。












END








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