「バージルの馬鹿!!大っ嫌いなんだから!!」

バタンッ!と蝶番が外れてしまうのではと思わず心配してしまうほどの勢いでドアが開けられた。
赤いワンピースを着た彼女の後ろ姿がドアの向こうへと吸い込まれ、けたたましい音と共に消えていく。
残された男は罵声と共に投げつけられた水差しを避けることはせず、水を吸い込んで重くなった髪を後ろへと撫で付けると何事もなかったかのような表情を浮かべシャワールームへと足を運んだ。






―――見て見て、バージル!似合う?

ノックもせず部屋へと押しかけてきた彼女は、男の姿を見つけるなり嬉しそうにその眼前でまるでバレリーナのようにくるりと回る。
それに合わせるかのようにひらりと舞うワンピースは確かに彼女によく似合っていた。
白い肌とのコントラストがとても眩しい。
返事を待つ彼女のわくわくとした表情がその目に焼き付いたかのように思い出される。


―――似合わん。


何故あんなことを言ったのだろうか。

それはきっとあの鮮やかな赤のせい・・・。
愛しい彼女の後ろで己と同じ姿をした悪魔が嘲るかのごとく笑う姿が見えたような気がした。
ニヤリと笑う悪魔と同じ赤を纏った彼女がまるで裏切り者のように思えてしまっては、その口から紡がれる言葉が止まることはなかった。


―――すぐに別のものに着替えることだな。目の毒だ。

―――大体、なんだその色は。まったく・・・趣味を疑う。


ふと視線を彼女に戻した時には遅かった。
いや、言葉を発した時点で全て遅かったのではあるが・・・。
視線の先には細かく震える彼女の細い肩があった。

そして・・・冒頭の彼女の台詞。

コックを捻ると冷たい水がシャワーヘッドから吐き出される。
躊躇いもせずそれを頭からかぶるが、冷えるどころか後悔の念は津波のように押し寄せてくる。
シャワールームを出ると、髪を乾かすのも煩わしいとそのまま手近にあったシャツをボトムを着込み家を飛び出した。


向かった先は少し離れた街に建つ大きなショッピングモール。
人込みを極端に嫌うバージルだったが、今はそんなこと気にしている場合ではなかった。
いつだったか、彼女が「お気に入りなの」と教えてくれたショップの豪奢な取っ手を引けば、シンプルで上品さを感じさせる服たちが行儀良く陳列棚に並ぶ光景が目の前に広がる。
当然のことだがバージルの他に男はおらず、居心地の悪さを感じるも目的を果たすためにぐるりと店内を巡った。
レジ横のメインディスプレイだろうか。背の高いトルソーに飾られたワンピースが目に止まる。
目が冴えるほどの深いブルー。
ウエスト部分は細く絞られ、所々に控えめに同系色のシルク糸で細かい刺繍が施されているのが好ましかった。
ややミニではあるが、それすら彼女は着こなしてしまうだろう。
バージルは迷うことなく近くに居た店員を呼んだ。





・・・入るぞ。」

軽いノックの後、目の前の扉を軽く押すとキィっと応えるように開いた。
カーテンが引かれ薄暗い室内を見渡しても彼女の姿を捕らえることはできない。
彼女が怒って拗ねたりした時には必ずこの部屋に篭るはず。
一歩一歩ベッドに近づくと不自然な膨らみと上下に動くシーツ。
柔らかなシーツの端を軽く捲り上げるとすやすやと寝息を立てる彼女の姿があった。
その滑らかな頬にそっと指を這わせそのやわらかさを確かめるが、指先が閉じられた目元に触れた瞬間ぴたりとそれは動きを止めた。
掬い上げられたのは透明な雫。
よく見ると目元から頬にかけて幾筋もの涙の跡が残っていた。
消し去るように何度も指を往復させると、堅く閉じられた瞼がうっすらと開いた。

・・・すまなかった。」

「ううん、もういいの。」

ゆっくりとした動作では起き上がると、首を左右に振りそっとバージルへと視線を向けた。
今彼女を包んでいる色は白。
バージルはの肩に触れそっと引き寄せた。
何の抵抗も無くすっぽりと腕に包まれるの艶やかな髪へとキスをすれば、細く白い腕がバージルの背中へと回される。
ふっと頬が緩んでしまうのを堪えるとバージルはゆっくりと口を開いた。

「本当は・・・よく似合っていた。」

その一言だけでぱっと明るくなる彼女の表情に今度は自然と笑みが零れてしまう。

「だが、どうにも気に入らなかった。お前があいつと同じ色を纏っていることが。」

あいつ?と首を傾げるの頭をそっと撫で、「愚弟だ。」と呟くように答えてやると納得したのか小さく声を漏らした。

「本当にすまなかった。」

ふるふると首を振りながら微笑むの額へと唇と落とすと、サイドテーブルに置き去りにされたままの箱へとそっと手を伸ばす。

・・・、これを。」

そっと体を離し空いた彼女の両手に乗せてやると、軽く首をかしげこちらを見上げる。
開けてみろと囁くと、は指示されるまま丁寧に包装と解いていく。
中から出てくるのは勿論バージルが選んだブルーのワンピース。
目を真ん丸に見開いた彼女の顔は一生忘れないだろう。

「ちょ・・・ちょっと待ってて!!」

はワンピースをぎゅっと胸元で抱きしめると、そう叫ぶように言い慌てて部屋を飛び出してしまった。







どのくらい待っただろうか。
カタリと背後で人が揺れる気配がし、バージルは扉をへと視線を向けるがその先に彼女は居ない。

、出てきてくれ。」

扉の背後に隠れるように立つの気配へとバージルが声を掛けると、おずおずとした様子で顔だけを覗かせる。
その頬はほんのり桜色に染まり、気のせいだろうか少し焦っているような印象を受ける。

「に・・・似合うかな?」

そっと扉の影から出てこちらへとゆっくり歩いてくるに不覚にも言葉を失ってしまった。

白い肌に栄える深いブルー。
胸元は大きく開いているが、施された刺繍のおかげだろうか。厭らしい印象は一切無く、浮き立つ鎖骨のラインをとても綺麗に魅せる。
短すぎかと思われたミニスカートも彼女のほっそりとした長い素足を美しく強調し、バージルは思わずコクリと喉を鳴らしてしまった。

何も言わないバージルに不安の感じたのかは慌てて言葉を紡いだ。

「大人っぽくて私には似合わないよね!ご、ごめん!期待に応えれ・・・っ!」

その言葉は最後まで言い切ることなく、代わりにくぐもった声が部屋に響いた。
腕の中に居るは、バージルの意図を読み取れずされるがままに抱きしめられる。

「想像以上だ。」

「え・・・?っ!」

聞こえるか聞こえないか・・・ギリギリの呟きに顔を上げれば、今までに見たことのない、穏やかに微笑むバージルの表情に言葉が詰まる。
目を逸らせずにいるとゆっくりと顔が近づき、唇に柔らかいものが触れたかと思えばすぐに離れた。

「綺麗だ・・・よく、似合っている。」

離れる瞬間も縫い付けられたかのように絡まりあう青と黒。

愛しい彼からの贈り物を身に纏い、真っ直ぐな視線を向けられ、贈られたのは一番望んでいた言葉で。

はバージルの肩へそっと頭を乗せると「ありがと・・・」と、ツンと痛む喉から精一杯の感謝を述べた。









「ところで、。好きな相手に服を贈るのはどういう意味か知っているか?」

「え・・・?えー・・・っと。バージル・・・?」

反転する視界と背後で聞こえたスプリングの軋む音。
目の前にはニヤリと笑う銀の悪魔。

「バ・・・バージルの・・・バージルの馬鹿!!!」

全てを理解した後、の怒鳴り声がまたもや家中に響き渡った。










END








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