カツンカツンと、仕事でしか履かないハイヒールが、アスファストとぶつかり合って高い音をたてる。 同僚のミスに、自身のお人好しさ加減。 はぁ・・・っと大きな溜息が出てしまう。 左肩に掛けたビジネスバッグには、始末しきれなかった仕事がぎっしり詰まっており、ずしりと重い。 まるで、今の自分の心の様だ。 ―――会いたい・・・
ふと頭に過ぎる考えに、馬鹿馬鹿しいと頭を振り、はぁっと再度大きな溜息を吐くと、はマンションまでの暗い夜道を足早に通り過ぎて行った。
「やっとのお帰りか?」
「!!!」
背後で聞こえた聞き覚えのある低い声に、はそろりと振り向く。
「ダンテ。またあなたなの?」
望んでいた人物が目の前に居るというのに、この口から飛び出す言葉は皮肉ばかり。
「またなの、とは。結構な言い草だな・・・darling?」
彼の軽い物言いに、思わず眉間に皺が寄ってしまう。
「あなたのダーリンになった覚えはありません。忙しいの・・・そこどいて。」
にじり寄る考えを振り払い、冷たくそう言い放つと、決して広くは無い道路の彼と壁の隙間を、すり抜けようとして。
「ちょっと、放してよ!大声出すわよ!!ちょっ!!」
むぐっと口を塞がれてはこれ以上の抵抗は無駄だ。
「shh−・・・少し大人しく、って、こら!暴れるんじゃねぇ!」
最後の抵抗として、彼の脇腹に肘鉄を食らわせてやろうと腕を振り上げたが、軽く止められ無駄に終わった。
街頭なんてあったとしてもその電球はすでに寿命を全うし、残るはチカッチカッと最後の命とばかりに点滅するもののみ。
「着いたぞ。」
ピタリと揺れが止み、静かに掛けられた声に視線を正面へと向けると、いつみても派手派手しいピンクのネオンがギラギラと輝いていた。
初めて会ったのは、気まぐれで入った細い路地で。
―――俺のものになれ。
一目惚れなんだと言って、攫われて今と同じようにデスクの上に降ろされて。
カーテンも何も無い窓からうっすらと月明かりが差込み、室内を照らしだした。
体中がギシギシと悲鳴を上げている。
―――今のうちに・・・え?
開け放たれた扉へと続く脱ぎ捨てられた衣服を拾うため、立ち上がろうとして左手首に違和感を感じた。
「どこへ行くんだ?。」
いつもならば、彼が眠る間に衣服を辿るように下着、スカート、シャツと纏ってゆき、扉を抜け階段に掛けられたスーツのジャケットを着込み、デスクの下で無残にばら撒かれた仕事の資料をまとめてバッグへと詰め込めば、ここに居る理由も無くなり入り口を開け放って自分の家へと帰るはずで。
「放して、うちへ帰るのよ。」
そう・・・帰ってすぐに用意しなければ仕事に遅れてしまう。
「帰さねぇ。」
この手を振り解いて・・・
―――でも・・・。
こちらをじっと見詰める闇に溶け込んだブルーの瞳が、静かに呟く言葉が。
―――あぁ・・・。
目を逸らせない。
「放さねぇ。帰さねぇ。なぁ・・・、もう限界だ。いい加減俺のものになれよ。」
熱に浮かされた熱い声が耳元で囁かれ、このだらりと重く垂れ下がった自分の両腕を彼の広い背中に回せば、身体を締め付ける腕に力が籠められた。
「ダンテ・・・私は。」
くぐもった声に、自分でも吃驚してしまう。
「私は・・・もうずっと、あなたに捕らわれていたわ。」
―――でも・・・私は・・・
「あなたから・・・ずっと逃げてた。」
「・・・。」
流れる涙は止まることを知らず。
「受け入れれば捨てられると・・・私なんか、きっと・・・」
「何を・・・」
「ダンテは・・・」
―――遊びなんでしょ?
その言葉は紡がれることなく、暗い闇へと溶けてゆく。
「愛してるんだ、。初めてお前を見た夜からずっと。何度攫えば、何度抱けば俺のものになってくれるのか・・・そればっかり考えてた。なぁ、。お前は・・・」
「好きよ、ダンテ・・・愛してるの。」
「っ・・・!」
初めてから捧げられた口付けに、ダンテは息を呑む。
「「 」」
溶けるように囁き合う愛の言葉たち。
+++
「仕事!!!ぼーっとしてた!!!!!」
「あぁ?仕事なんて辞めちまえ。それに、お前の仕事場は今からここのはずだろう?」
「そんな訳にいかないわよ!!ちょっと、ダンテ!手を放して!!」
「嫌だ。」
「子供か!!!こらっ!!はーなーせーーーー!!!!!」
―――ようやく俺のものになったんだ、放してたまるかよ。
END
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