メープル色のドアを開くとカランカランと、軽快な音を響かせてベルが鳴った。
香ばしいコーヒーの香りに甘いクリームの匂い。
カフェミュージックの合間には、若い女性グループの笑い声が聞こえた。

「あら、いらっしゃいませ!こちらへどうぞ!」

白いエプロン姿のウェイトレス(確かシンディと言ったか)がダンテの姿を見つけ、メニューを片手に近寄ってきた。
「お好きなお席へどうぞ」が常套句のはずが、ダンテが行くと必ず「こちらへどうぞ」と、カウンターの右から3番目の席へと案内される。
足繁く通い常にこの席に座るダンテに、今ではそれが当然のことのようになっていた。
カウンターの先には磨き上げられたガラスが張られ、その奥でパティシエ達が慌しく動き回る姿が映っている。
この店ではガラス越しにパティシエが作業するところを見ることができる。
以前偶然に鉢合わせたオーナーから、「ケーキ作りは魔法だと思うんです。是非この魔法みたいな作業を皆さんに見ていただきたいのですよ。」と言われたことを思い出した。
案内されたこの席は言わば、特別魔法観覧席といったところだろうか。

「メニューは『いつもの』でよろしいでしょうか?」

シンディが笑顔でそう尋ねてくる。
「あぁ」と軽く答えると、「それではいつもどおり、パティシエール自らお持ちいたしますね!」と言い残して去って行く。
視線をキッチンへと向けると、白いコックコートに身を包んだパティシエールがボウルいっぱいの真っ赤な苺を抱えていた。
白に赤が良く映える。
特大のパフェグラスにストロベリーリキュールの入った淡いピンク色のクリームとコーンフレーク、そして小さく切った真っ赤な苺が綺麗な層を作りだしてゆき、その頂上には赤いジャムがマーブル模様を作り上げているストロベリーアイスクリームを。
苺をふんだんに乗せ、最後に生クリームをたっぷりと飾り付けると、ピンク色のころんとしたものが乗せられた。
初めて見るそれは彼女の新作なのだろうか。
こちらの視線に気づいたのか(いや、初めから気付いていたのかもしれないが)ふっと顔が上げられ、目が合う。
軽く手を振ると途端に眉間に皺が寄り、ふぃっと視線が逸らされた。
不機嫌そうな顔で、さっと視界から消えてしまう。
いつものやり取りにふっと頬を緩ませると、背後から声が掛けられた。

「お待たせいたしました。パティシエール特製苺のサンデーです。」

大きなコースターにパフェ専用の長い銀のスプーン。
ゴトリと重い音を立てて置かれた、特大のストロベリーサンデー。
棒読みの少しぶっきらぼうな声。
そして、銀色のトレイを胸の前で抱えた、不機嫌な顔のパティシエール。

「接客は笑顔が命だぜ?。」

ニヤリと笑いながらそう言ってやると、眉間の皺が更に深くなる。

(―――が不機嫌な顔をするのは照れてるからなのよ。)

付き合いが長いから判ると言ったシンディの声が頭の中で響いた。
確かに眉間の皺とは裏腹にその耳は熱を持ったように赤く、彼女の言葉は嘘ではないのだろうとダンテは思った。

「それにしても。この上の丸いのはなんだ?前はこんなの乗ってなかったよな?」

こう問いかければ目の前の不機嫌な顔が嘘のように笑顔に変わることをダンテは知っていた。
それを狙わなかったと言えば嘘になるが、純粋に何かということを知りたかったのだ。
期待通りの表情がぱぁっと明るくなり、得意気な解説が始まった。

「これはマカロンって言ってね、フランスの代表的なお菓子なんだよ。アーモンド生地の間に色々なジャムとかクリームとかを挟むんだけど、今回は間にローズとストロベリーのクリームを挟んでみたの!」

お菓子の話になると途端に饒舌になるは、このカフェでも有名だった。
だが有名な理由はそれだけではない。
この辺りでは珍しい東洋系の美女。
今はコック帽で隠れてはいるが、長い艶やかな黒髪に猫科のそれのような切れ長の瞳。
普段キッチンに立つ時は真剣で固い表情なだけに、お菓子の話をする時のこの嬉しそうな笑顔を見ようと、新作のジャムが入荷しただとか、珍しいフルーツが手に入っただとか、それぞれの武器を持って来店する男性客が多かったりする。
その笑顔が今はダンテに向けられていた。
「さぁ、早く食べて感想を聞かせて!」と言いたげに、キラキラと目を輝かせるのこの笑顔をもう少し見ていたいと思うダンテだったが、これ以上黙っているとまた不機嫌になることも知っていた。
それはこのストロベリーサンデーのクリームが、普通の生クリームからストロベリーリキュール入りに変わった時に経験済みだ。
通常のマカロンよりも若干小ぶりなそれをぱくっと口に放り込む。
サクッとした生地の表面と、甘酸っぱいクリーム、それと口いっぱいに広がるローズの華やかな香りは、決して喧嘩することなく見事に調和していた。

「うん、美味いな。」

不思議な食感と好みの味にダンテの頬も緩む。
そんなダンテの表情を見て気を良くしたのか、は更に言葉を続けた。

「良かったぁ!ローズリキュールの割合にすっごく悩んじゃって、今朝ようやく納得できる味になったんだー。自信作だから、早く食べて欲し・・・く、て・・・」

語尾が段々と小さくなっていく。
それと同時にみるみる赤くなってゆくは、サンデーに乗った苺のようで。

「ご、ごゆっくり!!」

そう叫ぶようにトレイで顔を隠したは、逃げるようにキッチンへと駆けて行く。
ぽかんとするダンテの視界の端にはシンディが「Wow!」っと、口元に手を当てて驚いている姿が映っていた。
あの慌てた様子と真っ赤な顔から、「食べて欲しくて」の前には、「誰かに」ではなく「ダンテに」が入ることは、この現場を目撃した者に、容易に想像することができるくらいで。
視線の先のキッチンでは、顔を真っ赤にさせたが一心不乱にホイッパーを動かしており、泡立てすぎたのか別のパティシエが慌てて止めに入っていた。
クックっと堪えきれない笑いがダンテの口から漏れる。
サンデーを口に含んだ瞬間、ガラス越しにと目が合った。
親指と人差し指で『OK』を作り、笑顔を向けてやる。
さっと逃げるように顔を隠したの耳はスプーンですくった瑞々しい苺色で、

―――さて、あれをどうやって手に入れようか。

心の底でそう企み、まずは目の前の苺を口へ放り込んだ。














END








ページを閉じてお戻りください。






inserted by FC2 system