視界いっぱいに広がる白く眩しい感覚にダンテは薄っすらと目を開いた。
カーテンの隙間から朝日が射し込み、眼球を焼くかのような余りの眩しさに思わず顔を片手で覆うと、もそもそと光を避けるように体勢を変える。
枕に顔を埋めるように首を動かした瞬間、さらりと柔らかい髪が頬を撫でダンテは閉じていた瞼をゆっくりと持ち上げた。
すぅすぅと静かな寝息を立てて眠るその寝顔は、普段の大人びた印象を隠しまだ少女とも呼べそうなほど幼く見えた。
突然眉間に皺を寄せたかと思うと、ふっと表情を緩めすぐに幸せそうな寝顔へと変化し、つられるようにダンテも表情を崩してしまう。
飽きることなくじっと見詰めていたダンテだが、その幸せそうな表情を見せる彼女の白い頬に吸い込まれるようにそっと手のひらを滑らせた。
頬に流れる髪を優しい手つきで耳に掛けてやり、そのまま指に絡む柔らかさを楽しむように何度も撫でると、長い睫毛が僅かに震え閉じられていた瞼が開かれた。

「ん・・・ダンテ?」

舌足らずに自分の名前を呼ぶの頭を飽きることなく撫でる。

「目が覚めたか?Princess.」

「ん、おはよ。」

そう微笑みながら言うに軽く口付ける。
恥ずかしそうに、でもどこか嬉しそうに顔を隠すの頭をもう一度撫でると、そのままぎゅっと自分の腕に抱き込んだ。
冬の日の出は遅い。
だが、このカーテンの隙間から差し込む光の量から見て、日の出の時刻などとっくの昔に過ぎてしまっているだろう。
あえてそれに気付かぬふりをし、このままもう一度寝てしまおうと、の髪を梳きながらダンテは瞼を閉じる。
が、その意思に反してはもぞもぞとダンテの腕から抜け出し、ベッドに腰掛けた。
腕から離れた温もりを求めるようにダンテも起き上がりを背後から抱き込むと、は僅かにその体に背を預けた。

「まだ早くないか?もう少し寝ようぜ、。」

「もう、ダンテったら。とっくにお日様昇っちゃってるわよ?それに、前もそんなこと言って寝坊しちゃったじゃない。」

仕事の時間に間に合わないと慌てて起き上がったダンテの姿を思い出し、はくすくすと笑った。

「今日は一日フリーだ。だからいいだろ?。」

「ダメですー。ほら、離してダンテ。このままじゃ朝ごはんどころかお昼ごはんも食べ損ねちゃうわよ?」

腰に回る腕を引き剥がす意思があるのかないのか、は優しくダンテの腕を撫でた。
の言葉に反応したのか、ダンテの腕が少し緩む。
幼い子供が"どちらか大事か"を天秤にかけて迷っている。そんな様子のダンテにはバレないように口元を緩めた。
時折見せるこんな子供のようなダンテの態度に、一回り以上も年上だということを忘れてしまうほどで。
はにこりと微笑むと、自分を真っ直ぐに見詰めてくるその瞼へキスを贈った。










La Dolce Vita










トントンと一定のリズムを刻む包丁の音をBGMに、ダンテはソファーに軽く腰掛け手近にあった雑誌を手に取った。
少し視線をずらせば見える小さな背中。
それはダンテにとっても見慣れた光景。
そういえば今のようによどみなく動くその背中を初めて見た時は"小動物みたいだ"と思ったな、とダンテは口元を緩めた。
アンティークとも呼べそうなほど古い冷蔵庫がなかなか開かなくて悪戦苦闘していた彼女も、今ではコツを掴んで何でもないことのようにミルクの瓶を取り出しているし、温度調節機能が狂ってしまったオーブンレンジだって巧みに使いこなしている。
それに何よりも、腐海の森のようだったあのキッチンが見違えるように綺麗になっていることが、彼女が長い間ここに住んでいる証のようだった。
彼女と共に過ごすこの生活は今も昔も何も変わってはいない。
だが、今この自分の中に湧き上がる幸福以上の感情はなんだろうか。
ダンテはすっと左手を空中へとかざした。
大きな窓から差し込む太陽の光に反射して、キラリと光る銀色のリング。

「お待たせ、ダンテ。さあ、食べましょう!」

そう言って左手を上げて呼ぶ彼女の薬指にも同じ形のものが嵌められ、キラキラと輝いていた。
眩しさからか、こらえきれない幸福感からかすぅっと目を細めてしまう。
この表情を不覚にも唐突に訪ねてきたエンツォに見られ、その時何と言われたかを思い出してダンテは苦笑した。

(お前、本当にあのダンテか?あの悪魔も泣き出すデビルハンターが穏やかな顔しちゃって。くぅー!この幸せもんが!!)

「ほらー、ダンテー!冷めちゃうわよー!!」

―――ハッ!幸せで何が悪い。

未だに頭の中でにやにやと笑うビール腹の男に、まるで自慢するように鼻で笑ってやった。
顔に出ていたのか、不思議そうな表情をしたの瞼にキスを落し席に着く。
遅れても椅子を引き、朝食には遅い、そして昼食には少し早い暖かな食事が始まった。




「ねえ、ダンテ。今日は一日フリーって言ってたわよね?」

皿に残った洗剤を丁寧に洗い流しながらは、隣で洗ったばかりの食器を拭いていたダンテに尋ねた。
拭き終わった皿を重ね、次の皿を受け取りながらダンテは「ああ」と一言返す。

「あのね、えっと・・・」

何かを言いたいが、言い出しにくそうに言葉を濁すの手元をよく見れば、先程からずっと同じ皿を洗い流し続けていることに気付く。
大抵こういう時はお願い事がある時。
ニヤリと口の端を持ち上げたダンテは、の手元で既にぴかぴかに洗われた皿をひょいっと取り上げた。
その拍子に顔を上げたと目が合う。

からのデートの誘いなら大歓迎だぜ?」

「もー、またそうやってからかうんだから!」

泡の中に手を突っ込み、グラスを掴むと少し乱暴な手付きで洗い流す。
ああ、この反応は図星だな。
喉の奥で笑いを噛み殺して、またもやニヤニヤと笑いながらの手からグラスを取り上げる。
そのダンテの表情に観念したのかおずおずと口を開いた。

「あのね・・・ほら、もうすぐクリスマスでしょ?今年もメインストリートにクリスマスツリーを飾るらしくて。」

ああ、そうか。
去年のクリスマスシーズン。
絶対に見に行こうと約束したのに依頼続きで結局一緒に見ることは叶わず、残念そうに肩を落としたを慰めようと必死になった。
「来年こそは一緒に見ようね?」と、少し眉を下げて笑うの表情を思い出す。
言い出しにくそうにしていたのは、もそれを覚えていたからなのだろうか。

「ああ、今年こそ一緒に見に行こうな。」

「覚えてくれてたの?」

驚いたように目を見開くの頭をぽんぽんと撫で「当たり前だろう?」と答えると、どこかくすぐったそうに笑いながら小さく「ありがと」と呟いた。












「あ、ダンテ、見て!てっぺんが見えてきたわ!!」

がやがやと賑わしい大通りで、はぐれない様にしっかりと握った手をぶんぶんと振りは嬉しそうに声を上げた。
普段は実年齢よりも大人びた表情をしている彼女が、今は子供のようにはしゃいで満面の笑みでダンテを見上げている。
夕刻を少し過ぎ陽もすっかり沈んだ空は墨色に染められているが、ストリートを飾る数々のイルミネーションのおかげで、繋いだ手の先にある愛しい人を見失うこともそのくるくると忙しなく変わる表情を見逃してしまうこともなかった。

「あまりはしゃいでると迷子になるぞ?」

真っ暗闇であろうが見失うような愚かなことはしない。たとえ見失おうがすぐに見つけ出す自信がある。
そうわかっているが、ついついはしゃぐ彼女の姿を見てダンテは言葉に出してしまった。
(もう、またそうやって子ども扱いするんだから。)
口を尖らせてそう反応するの姿が脳裏に浮かぶ。
だが、くるりと振り向いたは、拗ねるどころかニコニコと嬉しそうに笑っていた。
赤や青の電飾で彩られ綺麗だと思わず見惚れてしまう。

「迷子になってもダンテがちゃんと見つけてくれるでしょ?」

その言葉にダンテはハッと目を見開いた。

―――やっぱりこいつには敵わねぇな。

ふっと笑みを零すと繋いでいた手をぐいっと引き寄せた。
何の抵抗も無しにすっぽりと腕に収まるをさらに強く抱きしめる。

「くるしいよ、ダンテ。」

クスクスと笑いながらそういうの額に口付けを落すと、人目が気になったのだろう。
ぱっと赤くなり胸に顔を埋めてしまった。
そんな反応ですら愛しくて、もう一度きつく抱きしめる。
人の流れを避けるように道の端へと移動すると、ようやくが顔を上げた。

「私を見つけてくれたのがダンテで本当に良かった。」

その表情にはすでに照れた様子はなく、穏やかに微笑んだは真っ直ぐにダンテを見詰めそう言った。

(―――私は!ダンテじゃなきゃこんなに幸せだって感じなかった!!)
(―――ダンテだから好きになったの。)
(―――ダンテと一緒に居ることが出来て幸せよ?こんな幸せは他には無いわ。)

ダンテの脳裏に、自分には悪魔の血が流れていると、半魔なんだと打ち明け彼女の前から姿を消そうとした時のことが過ぎった。
彼女が本気で怒る姿を見たのはあれが最初で最後だった。
涙を流しながら散々怒鳴って、その後優しく抱きしめてくれた温もりも、自分がどんなに愛されているのかを証明してくれたの優しい声も、今でも鮮明に思い出すことができる。

。」

「うん?」

「愛してる。」

腕に抱いた温もりはあの時にも増して愛しい。
目の端にの小さな頭を抱きこんだ左手に光る指輪が映った。
脱出しようとダンテの腕を掴むの左薬指にも同じ指輪がイルミネーションを反射してキラキラと輝いていた。
たとえこれが無くとも、この愛しさに変わりはないのだろう。
だが、

(―――結婚してくれないか?)

そう伝えた時のあのの笑顔は、何物にも代え難い宝物のようで。

「私も愛してる。」

微笑むに、今度は唇へと口付けを落とした。

「ほ、ほら!ダンテ!!ツリー見なくちゃ!!」

恥ずかしさからか慌てて腕をすり抜けそう言うをもう一度腕に抱き込み、繋いだ手を離さないよう徐々に姿を現してきたツリーへと向かって歩き出した。

「わぁ・・・凄い!きれいー!!」

「本当だな。」

人垣を掻き分けようやく全体が見えたツリーは想像以上に大きく、数々のオーナメントや電飾で飾られ思わず感心してしまう。
に至っては目をキラキラと輝かせ釘付け状態だ。
その隣ではしゃぐ子供と同じ目をしているに、ダンテは隠れていた悪戯心がむくむくと膨れ上がってしまった。
子供の親がそうするように、目線を合わせて優しく頭を撫でる。

「ほら、。サンタにプレゼントのおねだりはしなくていいのか?」

ニヤリと笑うダンテの腕をポスッと叩いたは、怒るはずが自然と緩んでしまう頬を必死に引き締めていた。
その微妙な表情に気付いたダンテが何かを言う前に、くるりとツリーに背を向けたが小さな声で何かを呟く。
だが、周りの喧騒に掻き消されたそれがダンテの耳に届くことはなく、イルミネーションと満天の星でキラキラと眩しい空に吸い込まれていった。









、さっき何て言ったんだ?」

「何も言ってないわよ?」

「絶対何か言ってただろ?」

「なんでもないってば。」

「おいおい、俺に言えねぇようなことなのか、darling?」

「あ、その言い方ずるい!」

「お前が言わねぇからだろう?」

「だから秘密だってばー!」

デビルメイクライへと続く暗い帰り道。
くすくすと笑いながら一歩先を歩くを、少し拗ねた表情のダンテが追いかける。
これから先もずっと続く幸せを見守るように、二人の背中をキラキラと輝く星達がいつまでも照らしていた。



(靴下には入らないけど、―――が欲しいです、サンタさん。)

サンタさんへのおねだりが叶うのはもう少し先のお話...







END







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壱万打御礼企画で水瀬様よりリクエストいただきました『4ダンテとの新婚生活甘夢』。
優しい系のヒロインとのことだったのですが、少しずれてしまい申し訳ございません。(精進致します;)
結婚してもしなくても、一緒に居るだけで幸せ。そんな雰囲気が少しでも伝われば嬉しく思います!
水瀬様、リクエストありがとうございました!



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