「こら、。授業中にお菓子を食うな」
「った! アルヴィンせんせー、暴力はんたーい!」
「これは暴力じゃないの。愛の鞭なの」
「先生が言うと変態っぽい……」
「ほい、没収!」
「あー! ああぁあぁ……」

 私のお昼の活力が! 糖分が! これじゃ授業に集中できない……。
 急に休んだ歴史のガイアス先生の代理で来たアルヴィン先生は、本当は保健の先生のはずなのだがさも当然のように先日の授業の続きを進めている。てっきり自習だと思ったのにガッカリだ。折角持ってきたポッキンも没収されてしまい、やる気もなくなった私はぼけーっとただ黒板を見つめるだけ。
 さっきから手元のノートは真っ白のまま。シャーペンの芯だって全く減っていない。カツカツと小気味良い音をたてて、チョークが黒板の上を滑る。
 それにしても指長いなぁ……綺麗な手。あ、寝癖ついてる。もー、靴下買い替えなって言ったのに……まだ穴空いてる。
 全然授業に集中できない。いや、元からするつもりもないけど。

「ほい、今日はここまで。次はガイアス先生に戻るかんなー。今日みたいにぼーっとしてっと殺されるぞ。特に、お前後で保健室ね」

 そう言うと、アルヴィン先生は右手に持った赤い箱をこれ見よがしに振って見せた。
 あぁぁぁ! ダメ、折れる折れる!!








 コンコンとノックのすぐ後で、入室許可の声が聞こえた。軽いドアを開けると、こちらに背を向けて座るアルヴィン先生の白衣と濃茶の髪が視界に飛び込んでくる。デスクの上には赤いポッキンの箱。

「アルヴィン先生。呼ばれたとおり来ましたよ〜」
「ったく、おたくは呼び出されたってのに反省の色も無いわけ?」
「説教のために呼び出したんじゃないくせに」

 そう言うとアルヴィン先生は呆れ顔を歪ませ、途端に意地悪な笑みを浮かべた。この顔好きだな。
 「あ、ばれた?」って笑う先生は本当に教諭かって疑ってしまうほど。ギィッと鈍い音を立てて椅子から立ち上がった先生は、スリッパを響かせてこちらに歩いてきたかと思うと、私にぶつかる寸前でぴたりと止まった。全身にずっしりと重みを感じる。

「先生。重いです」
「我慢しろ。お前に糖分補給が必要なように、俺は分を補給しなきゃなんねぇんだよ」
「ぶはっ! 分って何? 人を栄養素みたいに言わないでよ」

 噴出しながらも先生の広い背中に手を回すと、ぽんぽんとあやすように叩いてやった。ぎゅうっと私を抱き締める腕に力が篭る。

「先生?ちょっと苦しい」
「あ、あぁ。すまん」
「ううん、大丈夫」

 すっと離れた温もりに少し寂しさを感じながらも、私は先生のデスクに置いているポッキンの箱を手に取りソファに腰掛けた。同時にカチャリと鍵が下ろされる音が聞こえる。ぼすんと勢いよくアルヴィン先生が私の隣に座ると、僅かに左に重心が傾いた。

「先生も食べる?」
「いや、俺はいいよ」

 咀嚼する音が静かな保健室内に響く。先生は黙って隣に座って、私はただもくもくとポッキンを食べる。このなんでもない空間が結構好きだったりする。

「そうだ、アルヴィン先生」
「んー?」
「ポッキンゲームしようよ!」
「ぶっ! はぁ?」
「ほら、ほらほら!」

 一本取り出して口に咥えると、早くと言いたげにゆらゆらと揺らしてみた。今更こんなことで照れるような間柄じゃないけど、先生はどこか焦った様子に見える。あ……早くしないとチョコが溶けちゃうよ、先生。

「へんへーふぁやふー(せんせーはやくー)」
「ったく……おたくはどんだけ俺を煽ったら気が済むのかね」
「へっ!?」

 端っこを咥えた先生がぽりぽりとすごい勢いでポッキンを噛み砕いていく。私はひとつも進んでいないというのに、すでにもう唇と唇が触れてしまいそう。思わずぎゅっと目を瞑ると、ふっと先生が笑った気がした。
 ぽきっと折れる軽い音が聞こえる。触れることなく離れた唇が、それでも熱をもったように熱かった。

「続きは帰ってからな」

 ぽんぽんと頭を撫でられて、思い出したかのように赤くなる私を先生は堪えることなく笑っていた。からかうつもりが逆にからかわれていたようだ。恥ずかしいやら悔しいやら。残り一センチほどになったポッキンをがりっと噛み砕くと、口の中でじんわりと甘く溶けてしまった。





溶けそうなほど甘い甘い




「ほら、。帰るぞ」
「帰ったら……続き?」
「何? ちゃん、そんなにシたいの?」
「ち、ちがっ!!」

 わないけど……なんて言葉はすんでのところで飲む込むことができた。







END
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