私は置いて行かれたのだと必死に自分に言い聞かせるが、先ほどから胸に渦巻くこのイライラとした感情を抑えきることはできなかった。「良い子に留守番してろよ」なんて書置きひとつで、私が納得するとでも思ったのだろうか。まったく、あの男は何度同じことをすれば気が済むのだろう。同じく“お留守番”と言う名の待機をしていたサリーにそう尋ねても「気が効くじゃないか」なんて答えしか返ってこない。その先の言葉はなんとなく読めるので、「なにが」とは返さなかった。
「、そんなに心配しなさんなって。アイツなら無事に返ってくるさ」
わかっているのなら言わさないで欲しいと頬を膨らませると、サリーは口を大きく開けて笑う。アルコールが程よく回っているのだろう。頬がわずかに赤い。
「そんなにむくれるなよ。だからネイトに“お嬢ちゃん”なんて言われちゃうんだぜ?」
普段から余計な一言が多いサリーだが、酒が入るとさらに酷くなる。私が最も気にしていることをさらりと言ってしまうのも、二人で飲んでいるビールのせいだろう。どこで酒を飲んでも咎められることのない年齢に達したと言うのに、サリーもネイトも私のことを子ども扱いする。今回こうして留守番を言いつけられたものきっと――。
「ネイトはお前さんのことが大事なんだよ。わかってやってくれ」
痛いところを突かれた。そっと左肩に触れた指先に、凹凸の感触が伝わってくる。すでに完治して痛みは無いが、ネイトもサリーも私の肩に残る銃創を見るたびに、痛そうに顔を顰めるのだ。おかげで袖の無い服が着れなくなってしまった。色気のイの字もない無地のシャツの胸元を引っ張りながら、私は小さく溜息を吐いた。
「お前さんは気を失ってたから知らんと思うが……あの時のネイトの取り乱し様ったらなかったぜ?」
ビール瓶の底がテーブルにぶつかってゴトリと音を立てる。「え?」と聞き返した私の声は、その音に掻き消されるほど小さなものだった。目が覚めた時に怒鳴られたことは覚えている。ネイトを庇って出来た傷なんだから誇りに思っていると言ったら、しばらく口をきいてもらえなくなったことも。
「お前さんが死んじまうって、顔を真っ青にしてなあ。あれは見ていて気持ちの良いもんじゃあなかった」
葉巻に火を点けながらサリーが答える。吐き出される煙に「臭い」と呟くと「子どもにはわからんよ」と返されてしまった。なんだか空気が重くなった気がして、「それなら、ネイトだって子どもってことにならない?」と冗談交じりに言ってみる。
「はっはっは! おれから見れば、ネイトももまだまだお子ちゃまってとこだ」
呆れてそう言うと、サリーはまた声を上げて笑い出した。十近くも離れた私たちを一緒くたにして子どもだと言うサリーに、もうこれ以上つっこむ気にもならない。空気が軽くなったことへの安堵とサリーへの呆れの気持ちを籠めて溜息を吐いた瞬間、無機質な機械音が室内に鳴り響いた。「お、噂をすれば」なんてサリーは少し楽しそうに言う。携帯電話の向こう側へ二言三言返事をしたサリーが、私の方へと振り返り大きな声で笑い出した。電話の向こう側にいるネイトが、何か余計なことでも言っているのだろうか。
「お前の想像通りだ、ネイト。怒って暴れて、おれじゃ手がつけられんよ」
サリーの手から携帯電話を奪い取って耳に当てるも、すでに通話は終了してしまっていた。これじゃあ、また子ども扱いされてしまうじゃないかとサリーを睨みつける。
「まーまー、そう怒りなさんな。あ、そうそう。ネイトから伝言を預かっちゃったけど聞きたい?」
「どうしよっかなー」なんてもったいぶるサリーを、さらにきつく睨む。だが、彼は全く怯まない。きっと仔犬がキャンキャン吠えている程度にしか思ってないのだろう。髭を蓄えた口元がニヤリと歪んだ瞬間、ピクリとこめかみが引き攣るのがわかった。子ども扱いされるのも嫌いだが、からかわれるのはもっと嫌いだ。
「いいかげ、」
ニヤリ。サリーの口角が更に上がる。「誰のせいかな?」とでも言いたげな視線に、私は下唇を噛んで言葉を飲み込んだ。知っているのだ。ネイトがこんな風にマメに連絡を入れるようになったのは、私と出会ってからだということを。
「サリー」
財布が入った鞄を引っ掴み、私は部屋を飛び出した。背後でサリーが何かを言っていたが、立ち止まって振り返ってはバレてしまう。手のひらを当てた両頬が妙に熱かった。
その理由(わけ)を
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