『アルカナ・ファミリア』
La storia di me e lei e loro
悴む指先を温めるようにほうっと息を吐くと、浮雲のように白い息がふわりと両手を包んで消える。
「パードレ!!」
冬の寒さのせいか、それとも待ち人が来たことへの喜びか。両頬を真っ赤に染めたは、緩やかな坂を上る初老の男性に向かって駆け出し、その胸元へと飛び込んだ。
「おや。今日は一人ですか?あの三人はどこへ行ったんでしょうか。」
まだ舌足らずな話し方で必死に説明をするの言葉を、司祭はにこにこと微笑みながら聞いていたが、困ったように口篭る目の前の少女に、司祭はふぅっと息を吐いた。
「今日は聖堂の掃除をお願いしていたはずなんですがねぇ。もしかして、『かくれんぼだ!』なんて言ってませんでしたか?」
大きな丸いグレーの瞳がみるみるうちに潤んでゆく。
「冬は日が落ちるのが早いですねぇ。さぁ、ずっとここに居ては風邪をひいてしまいます。ルカもそろそろ戻ってくるでしょうし、夕食の準備をしましょうか。」
司祭の肩に腰をかけたままは教会を見上げた。
「神父様、。ただいま戻りました。」
肩から飛び降りんばかりのの勢いに、司祭が足元をふらつかせた。
「うわっ!!」
ドスンと大きな音がふたつと、キャッキャと楽しそうに笑う声がひとつ。
「ルカ!おっかえりー!神父さま〜、お腹空いたー!!」
パタパタと軽い足音がふたつに静かな足音がひとつ加わると、静かだった教会が一気に騒がしくなる。
「こんな状況でうたた寝か・・・・・・いい度胸だな」
この日、レガーロ島では『アルカナ・ファミリア』トップの誕生祝いパーティが行われていた。
「ちがっ・・・・・・」
慌てて否定するパーパの一人娘にして剣の幹部であるフェリチータと、それをフォローする従者のルカ。そして、呆れたように頭を抱えて溜息を吐く聖杯の幹部ノヴァ。
「よォ、。待たせたな・・・・・・って、なんだよお前。ドレスはどうした?オイオイ、バンビーナもかよ。ったく、色気ねェなァ・・・・・・」
「そうだよ〜、おれたち、とお嬢のドレス姿とっても楽しみにしてたんだよ?」
背後から聞こえてきたふたつの声に、はこれ見よがしに大きな溜息を吐いた。
「ルカ、父親の誕生パーティに娘を飾らないって、意味わかんねーぞォ!従者の仕事しろよなァ?」
むさくるしい・・・それは自分も含まれているのだろうか、とは棍棒の幹部であるパーチェを睨みつけるが、よっぽど
「私だって着てほしかったんですよ!!!でもお嬢様が『ルカ、私パーパの娘としか扱ってもらえないの?』って純粋な瞳で・・・・・・・・わぁああああん!!」
必死に声を抑えようと我慢したつもりなのだろうが、盛大な泣き声が辺りに響く。
「まったく・・・・・・ルカも馬鹿ね。『パーパの娘というだけでなく、ファミリーの幹部として精一杯のドレスアップでトップの誕生日を祝って差し上げてください。』とでも言えば良かったじゃないの。」
視界に影ができ、見上げるとどこか楽しそうに顔をニヤつかせたデビトが、の姿を上から下まで遠慮無しに眺めているところだった。
「な、何よ・・・・・・」
どこからそんな情報を仕入れてきたんだと言いたいのを必死に押さえ、はたしかにパーパの名で贈られてきたドレスの姿を頭に思い描いた。
「あんな・・・あんなフリルで盛られたドレス・・・・・・無理!絶対無理!!」
思い出しただけで鳥肌が立つようだ。
「フリル盛りだくさんのドレスをが?いいじゃ〜ん!カワイイじゃん!!」
三人が三人とも好き勝手を言ってくれる。
「だが、何か起きた時を想定したら、ドレスより動きやすい服を着ていたほうが・・・・・・」
は視線の先にあるフェリチータの脚、特にミニスカートとオーバーニーソックスの間から覗く白く柔らかそうな太ももをまじまじと見つめながら、隣に立つデビトの肩をバシバシと叩いた。
「も相変わらずだね。」
自分へ向けられていたはずの話題だったのだが、いつの間にか自身もフェリチータのドレスについての話題へと入り込み、その上いかにフェリチータの脚が、いやフェリチータ自身が素晴らしいのかを力説している。
「ノヴァはアシフェチ、か。そりゃ気が合うねェ。」
ノヴァが声を荒げ始めたところで、ワイングラスを片手に持ったパーパ、"アルカナ・ファミリア"のトップ、モンドが姿を現した。
「はいはい、そろそろ静かにしましょうね。」
真っ先にその姿を視界に入れたルカがこの相変わらず寄れば騒がしい者たちを静めるように言うが、彼らはまだ納得していないようだ。
「しっ!挨拶がはじまりますよ。静かに。」
どこか緊張した声でルカが諌めると、今まで騒がしかったことが嘘のようにぴたりと静まった。
「『アルカナ・ファミリア』幹部長、ダンテだ。諸君、多忙な中、『アルカナ・ファミリア』のパーパの為にお集まりいただき感謝する。パーパこと、モンドを軸に我々『アルカナ・ファミリア』は新しい時代を迎えようとしている。そこでお集まりの諸君に、改めて我々『アルカナ・ファミリア』を紹介させてもらおうと思う。」
全員の視線がダンテに向かっている中、は隣に立つデビトに「ダンテ、ちょっと緊張してない?」などと、緊張感の欠片も無い台詞を吐き、ノヴァに「いい加減にしろ」と怒られていた。
「レガーロ島は領主による統治の下、我々、『アルカナ・ファミリア』もまた人々の安寧の為行動している・・・・・・。『アルカナ・ファミリア』は諸君が知っての通り、大きく5つのセリエに分かれている。幹部長直下、外交を担うセリエ、"諜報部"。監査を担うセリエ、"棍棒"。調停を担うセリエ、"剣"。流通を担うセリエ、"金貨"。防衛を担うセリエ、"聖杯"。そして、剣の幹部がこの春より、新たな人物に替わった。パーパの一人娘でもあるフェリチータだ。」
ダンテの視線に誘われるように、全員がフェリチータへ視線を注いだ。
「「「我らが剣の幹部、お嬢!!期待してるぜ、新しい幹部!お嬢!マドンナー!!」」」
剣のスートたちが揃って声を上げた。
「今日、この場に集まっているのは我々の掟を知るもの。そして遵守するもの。この場にいるすべての仲間に、『アルカナ・ファミリア』の頂点に立つパーパこと、モンドから話がある。」
ダンテが一歩引くと同時に、圧倒的な空気を纏ったモンドがニヤリと口角を上げた。
「諸君、今日はよく集まってくれた。俺も4月1日の今日、59歳を迎えた。この日を迎えられたのも諸君のおかげだ。このレガーロ島は、艱難辛苦を乗り越えてきた。海賊船の襲撃、他国の占領、物流の不正、統治者の横暴、流行病・・・・・・それに、跡取りであり、数少ないアルカナ能力の持ち主、『正義』・・・・・『ラ・ジュスティツィア』の出奔。数え出したらきりがない。だが我々は、ファミリーの絆やアルカナ能力によって全てを乗り越えてきた。」
モンドの話に合いの手を入れていたスートたちだけでなく、この場に居る全員が息を飲む。
「パーパの地位・・・・・・ファミリーのトップ・・・・・・!」
ざわつく声を裂くように、モンドが大声を上げた。
「2ヵ月後・・・・・・6月1日。『アルカナ・デュエロ』を行う!!」
しんっと静まり返ったのは一瞬だった。
「アルカナ能力を持つ者すべてが戦う、いわば最強のアルカナ能力者を決める戦いだ。組織のトップである、パーパの座を渡し・・・・・・優勝者の望みを、俺が必ず叶えてやる。第21のカード、『イル・モォンド』の名においてここに誓おう。」
一層の盛り上がりを見せるスートとは違い、アルカナ能力を持つ者は一部を除き全員、固唾を飲んでモンドの言葉を待っている。
「そして・・・・・・・」
ごくりと誰かが喉を鳴らした。
「優勝者には、俺の娘、フェリチータと結婚してもらう。」
フェリチータの肩が跳ねる。
「・・・・・・!!」
はモンドの言葉を理解出来ずにいた。
「戦いに参加する資格は、アルカナ能力で戦う事が出来ること、だ。大アルカナを持つ・・・・・・"相談役、ジョーリィ"。"幹部長、ダンテ"。"棍棒の幹部、パーチェ"。"幹部長補佐、"。"金貨の幹部、デビト"。"聖杯の幹部、ノヴァ"。"諜報部所属、リベルタ"。"従者、ルカ"。そして最後に、"剣の幹部、フェリチータ"。以上の9名は、参加を拒否することは許さない。」
名前を呼ばれそれぞれが反応を見せる中、だけは固まったまま石像のように動けずに居た。
「・・・・・・なんだ、フェリチータ。何か不満でもあるのか?」
モンドのどこか馬鹿にするような物言いに、ハッとはフェリチータへ視線を向けた。
「お前は『アルカナ・ファミリア』に入ることを望んだ。新たなパーパの妻となり、館から出ることなく、内部からファミリーや夫となる者の支えになってやれ。」
「パーパ!!」
身を乗り出しただったが、モンドの静かな声にびくりと体を硬直させた。
「お、おい・・・・・・『館から出ることなく』って・・・・・・」
は己の背筋がざわつくのを感じた。
「パーパ・・・・・・・理由は。」
事の顛末をじっとモンドを睨みつけながら見ていたフェリチータがついに口を開いた。
「私は・・・私は結婚なんて望んでない・・・・・・」
ギリッとフェリチータが歯を食いしばる。
「あー、パーパは言い出したら聞かないからなぁ・・・・・・」
困ったように言うパーチェの口調はいつ通りだが、彼もまた理解できずに居るのか納得できずに居るのか、形の良い眉を顰めている。
「お前は、俺の娘だ。愛する俺の娘だ。だがお前は自分で選択し、『アルカナ・ファミリア』に入った。それは掟に従うという事だ。違うか?拒絶は許さない。」
モンドの声は迷いも躊躇いもなく、そうであるがゆえに静かだった。
「従えないというのなら、今ここで、俺に勝ってから言え!!」
空気が震えた。
「おもしれェことになってきやがった・・・・・・」
デビトが呟く声が聞こえたが、今は彼の軽口に付き合ってる場合ではない。
「私の道は・・・・・・私が決める。」
モンドの言葉にフェリチータの眼光が鋭くなった。
「と、止めなくていいのか・・・・・・?」
スートの中の誰かが独り言のように呟く声がの耳に届いた。
「バァーカ。パーパとその娘だぜェ?」
デビトとパーチェが頷き合う隣で、ルカが二人を心配そうな眼差しで見つめている。
「パーチェの言う通りだ。他の者も手出しは無用だ!!さぁ、フェリチータ。俺自ら、お前の力を試してやろう。俺が片膝でもついたら理由くらいは説明してやってもいい。さぁ、来い!得意の蹴りを入れてみろ!」
まるで戦いの合図のように響いたモンドの声に、フェリチータが一気に駆け出した。
「ハッ!!」
身を低くした体勢から、モンドの頭を狙うように脚を蹴り出す。
「悪くない・・・・・・が。そらっ・・・・・・!!」
ニヤリと口角を上げるたモンドは、一気にフェリチータの体を払い飛ばした。
「もう終わりか?体勢も崩さずに俺への蹴りがまともに入るとでも思ったか。」
キンッと澄んだ音が響き、の視線がフェリチータの手元へ移動する。
「早いっ・・・!」
ドゴォッ!!
が呟くのが先か、鈍い音が響くのが先か。
「随分と軽い蹴りだな。わざとお前の攻撃を受けている事に気付いていないのか。」
誰の目から見てもモンドがダメージを受けている様子は無い。
「・・・・・・いつまでも小手先の技だけで己を通せると思うな!」
握った拳が電撃を纏う。
「お嬢!!!」
リベルタとパーチェの声が響くと同時に、フェリチータの体が床へと崩れ落ちる。
「お嬢!しっかりしろ!」
横たわるフェリチータの手を握りモンドを見上げるの眉間には深い皺が刻まれ、ライトグレーの瞳は疑心と不安の入り混じった色をしており、今にも零れ落ちそうなほどに見開かれている。
「・・・・・・パーパ、あなたらしくない・・・・・・」
ノヴァとパーチェ、二人の言うとおりだとも頷く。
「モンド、デュエロに関しては初耳だ。目的はなんだ?」
フェリチータをモンドから守るように間に立ったダンテは、僅かな戸惑いを含んだ声色で尋ねるが、モンドはただただ口元を歪めて笑うだけだった。
「目的は言った。なに、お前たちには悪い話ではない。俺の地位を譲ると言っているんだ。つまり、富も名声も権力も・・・・・・この島のすべてが手に入る。」
静かな制止の声に、が視線を下げる。
「お前にも『アルカナ・デュエロ』への参加権はある・・・・・・だが、花嫁が傷付いていては話にならん。せいぜい怪我をしない程度におとなしくしているがいい。俺に傷一つ負わせることができないお前は―――――無力だ。」
ぽたり
手の甲に温もりを感じ、が視線を向ける。
「ここにいる大アルカナの中に、お前が敵う相手はいないだろう。戦いに参加すること自体が無駄かもしれんが・・・・・・まぁ、俺の血を受け継ぐ娘としての価値はある。せいぜい、その価値を最大限に活かすんだな。」
誰もが呆気に取られていた。
「・・・・・・待てよ!」
モンドを睨みつけて立ちはだかるリベルタに、モンドは「お前か」と言うように気付かれない程度の溜息を吐く。
「勝者にパーパの地位を譲るってのはわからないでもないけどさ、だけど、お譲と結婚ってのはなんだ?お嬢の意志はどうなる!?」
リベルタの啖呵にデビトがハッ!と鼻で笑った。
「さっすが『愚者』だァ。後先考えない発言がいいネェ!」
デビトが事をややこしくする前に、リベルタがパーパに飛び掛る前に、ルカは最悪の状況を避けるようパーチェに声をかけた。
「離せっ!離せよっ!この、馬鹿力!」
フェリチータの手を握り、その体を支え続けていたが声を張り上げた。
「何か理由があるのだと思って黙っていたけれど・・・・・・パーパ。これじゃただの独裁じゃない。勝手に決めて勝手に押し付けて・・・・・・私だって、納得がいかないわ。」
立ち上がったがリベルタの隣に立つと、ルカが小さく「もやめなさい」と苛み、デビトの手が彼女の腕を掴んだ。
「だったら、お前たちが勝って、娘を自由にしてやるんだな。」
そう言ったモンドの表情に、はハッと口を噤んだ。
「私たちの可愛い娘・・・・・・あなたが勝利する道もあるわ。」
優しく微笑みながら、マンマはノヴァにそう言う。
「アルカナ・デュエロ・・・・・・パーパの引退・・・・・・お嬢様と結婚・・・・・・パーパ、あなた本当に一体・・・・・・」
小さく告げられた命令にが反応を返す前に、モンドは大きく息を吸い込んだ。
「『運命の輪』は廻り始めた。タロッコの導きに抗え・・・・・・!!」
スーツの裾を翻し広間から立ち去るモンドに、スミレとジョーリィが並び、その後を追うようにダンテも広間を出て行ってしまった。
「お嬢様。大丈夫?」
慌てて駆け寄ってきたルカに溜息交じりでフェリチータを任せると、は静かに広間の出口へと足を向けた。
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