『アルカナ・ファミリア』
それは小さな交易島、レガーロを守る自警組織
陽気な気質でどこかのんびりした島の人々を外海の手から守り、領主と権力を二分する実力を持つ
組織には掟の遵守を誓い、『タロッコ』と契約した者だけが入ることが許された
彼らは家名を捨て、ひとりの人間として組織の為に力を尽くす
成すべき使命があるからこそ、彼らは強い意志を持ち続けた
『タロッコ』との契約により得た力―――・・・・・・アルカナ能力
これはアルカナ能力を操る者たちの、数奇な運命の物語である・・・・・・







La storia di me e lei e loro 
< 私と彼女と彼らの物語 >
01...運命の輪が廻り始める







悴む指先を温めるようにほうっと息を吐くと、浮雲のように白い息がふわりと両手を包んで消える。
その様子が楽しくて、何度も何度も繰り返し息を吐いていると、「そんなにしてると、目が回ってしまいますよ?」と優しい声が頭上から降ってきた。

「パードレ!!」

冬の寒さのせいか、それとも待ち人が来たことへの喜びか。両頬を真っ赤に染めたは、緩やかな坂を上る初老の男性に向かって駆け出し、その胸元へと飛び込んだ。
の背後に建つ、この小さな教会の司祭である彼は、勢い良く飛び込んできたを何でも無いことのように抱きとめると、優しい笑みを浮かべながらそっとその体を地面へと下ろした。

「おや。今日は一人ですか?あの三人はどこへ行ったんでしょうか。」
「えっとね、えっと・・・ルカおにいちゃんはアル・・・アル、カナ」
「アルカナ・ファミリア」
「そう!アルカナ・ファミリアでお仕事で〜・・・パーチェ兄ぃとデビト兄ぃはねー・・・・・・えっと・・・」

まだ舌足らずな話し方で必死に説明をするの言葉を、司祭はにこにこと微笑みながら聞いていたが、困ったように口篭る目の前の少女に、司祭はふぅっと息を吐いた。

「今日は聖堂の掃除をお願いしていたはずなんですがねぇ。もしかして、『かくれんぼだ!』なんて言ってませんでしたか?」
「言ってた!!デビト兄ぃがオニでね、ずっと隠れてたのに見つけてくれなくて・・・それで・・・・・・それでね・・・」

大きな丸いグレーの瞳がみるみるうちに潤んでゆく。
「仕方の無い子たちですねぇ」と、淋しさのあまり声を上げて泣くの頭を苦笑交じりで撫でた司祭は、ひょいっとその小さな体を抱き上げ肩へと乗せる。
さっきまであんなに泣いていたのが嘘のように、は「わぁ!」と声を上げたかと思うと、声を上げて笑い出した。

「冬は日が落ちるのが早いですねぇ。さぁ、ずっとここに居ては風邪をひいてしまいます。ルカもそろそろ戻ってくるでしょうし、夕食の準備をしましょうか。」
「うん!」

司祭の肩に腰をかけたままは教会を見上げた。
夕日が色とりどりのステンドグラスを赤一色に染め上げてゆく様を、うっとりとした瞳で見つめていると、背後で耳慣れた声が響いた。

「神父様、。ただいま戻りました。」
「ルカおにいちゃん!!」

肩から飛び降りんばかりのの勢いに、司祭が足元をふらつかせた。
危ないとばかりに駆け寄ったルカが司祭の体を支える前に、がルカの胸へと飛び込む。

「うわっ!!」

ドスンと大きな音がふたつと、キャッキャと楽しそうに笑う声がひとつ。

「ルカ!おっかえりー!神父さま〜、お腹空いたー!!」
「な〜にやってんだよ、。」
「こら、パーチェ!お腹空いたの前に言うことがあるでしょ!神父様、ルカ。おかえりなさい。」

パタパタと軽い足音がふたつに静かな足音がひとつ加わると、静かだった教会が一気に騒がしくなる。
夕日もすっかり沈み、大きな月とキラキラと輝く星空に、楽しげな笑い声がいつまでも穏やかに響いていた。














「こんな状況でうたた寝か・・・・・・いい度胸だな」

この日、レガーロ島では『アルカナ・ファミリア』トップの誕生祝いパーティが行われていた。
館の大広間。
豪奢なシャンデリアが照らし出す室内には、ファミリー全員がパーパを祝福するために集まっている。
本来は幹部長補佐や事務仕事など、裏方であるも、例に漏れずパーティに警備として出席していた。
各セリエの幹部たちの背を眺める位置に立っていたは、先の声にハッとその顔を上げ、しかし視線の先に見えた光景にその言葉が自分に向けられたものではないことを理解する。

「ちがっ・・・・・・」
「お嬢様は今日一日街中を走り回っていましたし、お疲れなんですよ。」
「ルカ、お前は甘やかしすぎだ。」

慌てて否定するパーパの一人娘にして剣の幹部であるフェリチータと、それをフォローする従者のルカ。そして、呆れたように頭を抱えて溜息を吐く聖杯の幹部ノヴァ。
その光景を見たは、非難の言葉が自分に向けられたものではないという安堵感のためか、ほっと息を吐いた。
ノヴァの言うことも尤もだと思う反面、自身もどこかぼうっとしていたようで、人のことを言えないななどと苦笑を浮かべた。
ぎゃいぎゃいと騒がしい声が聞こえたかと思えば、いつの間にか会話に参加していた諜報部員のリベルタがノヴァと言い合いを始めており、ノヴァの「どっちがお子様だ」との言葉には「どっちもどっちだ」と心の中で呟く。
こっちにまで火の粉が飛んでくるので、勿論口には出さない。

「よォ、。待たせたな・・・・・・って、なんだよお前。ドレスはどうした?オイオイ、バンビーナもかよ。ったく、色気ねェなァ・・・・・・」 「そうだよ〜、おれたち、とお嬢のドレス姿とっても楽しみにしてたんだよ?」

背後から聞こえてきたふたつの声に、はこれ見よがしに大きな溜息を吐いた。

「ルカ、父親の誕生パーティに娘を飾らないって、意味わかんねーぞォ!従者の仕事しろよなァ?」
「そーだよ!こんだけ男ばっかりでむさくるしい中に、せっかくお嬢が来てくれたんだぞ!?」

むさくるしい・・・それは自分も含まれているのだろうか、とは棍棒の幹部であるパーチェを睨みつけるが、よっぽど
フェリチータのドレス姿が見たかったのか、こちらの様子に気付きもしない。
「良いこと言った、パーチェ!」と囃し立てるデビトも同じくだ。
そんな二人を前に、ルカがぷるぷると肩を震わせて「私だって・・・・・・」と呟いた。

「私だって着てほしかったんですよ!!!でもお嬢様が『ルカ、私パーパの娘としか扱ってもらえないの?』って純粋な瞳で・・・・・・・・わぁああああん!!」

必死に声を抑えようと我慢したつもりなのだろうが、盛大な泣き声が辺りに響く。

「まったく・・・・・・ルカも馬鹿ね。『パーパの娘というだけでなく、ファミリーの幹部として精一杯のドレスアップでトップの誕生日を祝って差し上げてください。』とでも言えば良かったじゃないの。」
「バーカ、。それだと『このスーツ姿が幹部としての精一杯のドレスアップよ』って言い返されるのがオチじゃねェか?大体よォ・・・・・・」

視界に影ができ、見上げるとどこか楽しそうに顔をニヤつかせたデビトが、の姿を上から下まで遠慮無しに眺めているところだった。

「な、何よ・・・・・・」
「その理屈だったら、なんでお前も"いつも通りの格好"なんだァ?たしかパーティ前にパーパからドレスを一着贈られてただろうが。あれはどうした。」
「えぇ!!そうなの!?」

どこからそんな情報を仕入れてきたんだと言いたいのを必死に押さえ、はたしかにパーパの名で贈られてきたドレスの姿を頭に思い描いた。
そして青い顔でブンブンと首を横に振る。

「あんな・・・あんなフリルで盛られたドレス・・・・・・無理!絶対無理!!」

思い出しただけで鳥肌が立つようだ。

「フリル盛りだくさんのドレスをが?いいじゃ〜ん!カワイイじゃん!!」
「えぇ、私もそう思います。ちなみにあのドレスを選んだのは私なんですよ、。」
「やっぱりか!そうじゃないかと思ってたわよ!!」
「へェ・・・ルカの見立てなら似合うんじゃねーの?」

三人が三人とも好き勝手を言ってくれる。
更に反論をしようとしたところで、目の前で未だにフェリチータのドレスについて文句を言ってたリベルタに向かい、ノヴァが真剣な表情で口を開いた。

「だが、何か起きた時を想定したら、ドレスより動きやすい服を着ていたほうが・・・・・・」
「そうよ、ノヴァ!良いこと言ったわ!!ドレスなんか着ていたら万が一に対応出来ないわよ!」
「あー、なるほどね。今の服ならバンビーナの脚線美を愛でるのにちょーどイイもんなァ・・・・・・」
「そうよ、デビト!良いこと言ったわ!お嬢様の脚は彫刻の様に美しいもの!ドレスなんかで隠すのは勿体無いわ!」

は視線の先にあるフェリチータの脚、特にミニスカートとオーバーニーソックスの間から覗く白く柔らかそうな太ももをまじまじと見つめながら、隣に立つデビトの肩をバシバシと叩いた。

も相変わらずだね。」
「えぇ・・・相変わらず絶好調のようですね・・・・・・」

自分へ向けられていたはずの話題だったのだが、いつの間にか自身もフェリチータのドレスについての話題へと入り込み、その上いかにフェリチータの脚が、いやフェリチータ自身が素晴らしいのかを力説している。
彼らが言ったように、相変わらず絶好調な様子だ。

「ノヴァはアシフェチ、か。そりゃ気が合うねェ。」
「・・・・・・くだらない。」
「『・・・・・・くだらない』。ぷっ、くくっ」
「くだらなくなんかないわよ、ノヴァ!」
「お前たち!時と場所を考えろ!」

ノヴァが声を荒げ始めたところで、ワイングラスを片手に持ったパーパ、"アルカナ・ファミリア"のトップ、モンドが姿を現した。

「はいはい、そろそろ静かにしましょうね。」

真っ先にその姿を視界に入れたルカがこの相変わらず寄れば騒がしい者たちを静めるように言うが、彼らはまだ納得していないようだ。
ドレスに着替えてこいと言うリベルタに賛同して、パーチェもデビトもも「そうだそうだ」と声を上げる。

「しっ!挨拶がはじまりますよ。静かに。」

どこか緊張した声でルカが諌めると、今まで騒がしかったことが嘘のようにぴたりと静まった。
ゴツリと重い足音を響かせ姿を現した一人の偉丈夫が、モンドの隣で声を上げる。

「『アルカナ・ファミリア』幹部長、ダンテだ。諸君、多忙な中、『アルカナ・ファミリア』のパーパの為にお集まりいただき感謝する。パーパこと、モンドを軸に我々『アルカナ・ファミリア』は新しい時代を迎えようとしている。そこでお集まりの諸君に、改めて我々『アルカナ・ファミリア』を紹介させてもらおうと思う。」

全員の視線がダンテに向かっている中、は隣に立つデビトに「ダンテ、ちょっと緊張してない?」などと、緊張感の欠片も無い台詞を吐き、ノヴァに「いい加減にしろ」と怒られていた。
ダンテの話は続く。

「レガーロ島は領主による統治の下、我々、『アルカナ・ファミリア』もまた人々の安寧の為行動している・・・・・・。『アルカナ・ファミリア』は諸君が知っての通り、大きく5つのセリエに分かれている。幹部長直下、外交を担うセリエ、"諜報部"。監査を担うセリエ、"棍棒"。調停を担うセリエ、"剣"。流通を担うセリエ、"金貨"。防衛を担うセリエ、"聖杯"。そして、剣の幹部がこの春より、新たな人物に替わった。パーパの一人娘でもあるフェリチータだ。」

ダンテの視線に誘われるように、全員がフェリチータへ視線を注いだ。
羨望と期待の眼差しに彼女は戸惑うことなく、姿勢を正し立つ姿は凛としていて美しい。

「「「我らが剣の幹部、お嬢!!期待してるぜ、新しい幹部!お嬢!マドンナー!!」」」

剣のスートたちが揃って声を上げた。
その声に混じろうとしたを、デビトが止める。

「今日、この場に集まっているのは我々の掟を知るもの。そして遵守するもの。この場にいるすべての仲間に、『アルカナ・ファミリア』の頂点に立つパーパこと、モンドから話がある。」

ダンテが一歩引くと同時に、圧倒的な空気を纏ったモンドがニヤリと口角を上げた。

「諸君、今日はよく集まってくれた。俺も4月1日の今日、59歳を迎えた。この日を迎えられたのも諸君のおかげだ。このレガーロ島は、艱難辛苦を乗り越えてきた。海賊船の襲撃、他国の占領、物流の不正、統治者の横暴、流行病・・・・・・それに、跡取りであり、数少ないアルカナ能力の持ち主、『正義』・・・・・『ラ・ジュスティツィア』の出奔。数え出したらきりがない。だが我々は、ファミリーの絆やアルカナ能力によって全てを乗り越えてきた。」
「「「パーパ!!」」」
「だが俺も、もういい年だ。そろそろ隠居を考えている。そこで、俺の地位を引き継ぐ人物を選ぼうと思う。」

モンドの話に合いの手を入れていたスートたちだけでなく、この場に居る全員が息を飲む。

「パーパの地位・・・・・・ファミリーのトップ・・・・・・!」
「っ・・・・・・」

ざわつく声を裂くように、モンドが大声を上げた。

「2ヵ月後・・・・・・6月1日。『アルカナ・デュエロ』を行う!!」

しんっと静まり返ったのは一瞬だった。
ざわめきは一層大きなものとなるが、モンドは気にも留めていないようだ。

「アルカナ能力を持つ者すべてが戦う、いわば最強のアルカナ能力者を決める戦いだ。組織のトップである、パーパの座を渡し・・・・・・優勝者の望みを、俺が必ず叶えてやる。第21のカード、『イル・モォンド』の名においてここに誓おう。」

一層の盛り上がりを見せるスートとは違い、アルカナ能力を持つ者は一部を除き全員、固唾を飲んでモンドの言葉を待っている。

「そして・・・・・・・」

ごくりと誰かが喉を鳴らした。

「優勝者には、俺の娘、フェリチータと結婚してもらう。」

フェリチータの肩が跳ねる。

「・・・・・・!!」
「はァ?・・・・・・意味わかんねェ。」
「何それ、どういうことなの!?」
「け、結婚!?」
「お嬢様が・・・・・・!!」
「クックック・・・・・・」

はモンドの言葉を理解出来ずにいた。
大きく目を見開いたまま、じっとモンドの姿を見つめる。

「戦いに参加する資格は、アルカナ能力で戦う事が出来ること、だ。大アルカナを持つ・・・・・・"相談役、ジョーリィ"。"幹部長、ダンテ"。"棍棒の幹部、パーチェ"。"幹部長補佐、"。"金貨の幹部、デビト"。"聖杯の幹部、ノヴァ"。"諜報部所属、リベルタ"。"従者、ルカ"。そして最後に、"剣の幹部、フェリチータ"。以上の9名は、参加を拒否することは許さない。」

名前を呼ばれそれぞれが反応を見せる中、だけは固まったまま石像のように動けずに居た。
パーパの引退、アルカナ・デュエロ、優勝者の望み・・・・・・フェチリータとの結婚・・・
断片的な単語ばかりが頭の中をぐるぐると巡る。

「・・・・・・なんだ、フェリチータ。何か不満でもあるのか?」

モンドのどこか馬鹿にするような物言いに、ハッとはフェリチータへ視線を向けた。
彼女は酷く顔を顰め、きつくモンドを睨み付けている。
しかし、モンドは何でもないかのように鼻で笑うだけで、「別にお前が不満を感じる要素はないはずだ。」と言い放った。

「お前は『アルカナ・ファミリア』に入ることを望んだ。新たなパーパの妻となり、館から出ることなく、内部からファミリーや夫となる者の支えになってやれ。」

「パーパ!!」
「お前は黙っていろ、。」
「・・・・・・っ!」

身を乗り出しただったが、モンドの静かな声にびくりと体を硬直させた。
額から冷たい汗が流れ、頬を伝って落ちる。
黙り込んでしまった彼女の代わりに口を開いたのはリベルタだった。

「お、おい・・・・・・『館から出ることなく』って・・・・・・」
「そうだ、リベルタ。これは絶対だ。結婚後はこの館から出ることは許さない。」

は己の背筋がざわつくのを感じた。
モンドの威圧感のためか、口を開けずにいる自分自身がもどかしく情けない。
は自分の隣を通り前へ出たノヴァへと視線を向ける。

「パーパ・・・・・・・理由は。」
「理由はある。だが・・・・・・俺の決定に説明は不要だ・・・・・・理由が聞きたければ、デュエロで勝つことだな。」
「どうして・・・・・・?」
「お嬢様・・・・・・」

事の顛末をじっとモンドを睨みつけながら見ていたフェリチータがついに口を開いた。
固く握った拳が震えているのが見え、が小さく彼女を呼ぶ。

「私は・・・私は結婚なんて望んでない・・・・・・」
「聞こえなかったのか?俺の決定に説明は不要。パーパの座を譲る者を決める為、戦えと言っているんだ。」

ギリッとフェリチータが歯を食いしばる。

「あー、パーパは言い出したら聞かないからなぁ・・・・・・」

困ったように言うパーチェの口調はいつ通りだが、彼もまた理解できずに居るのか納得できずに居るのか、形の良い眉を顰めている。

「お前は、俺の娘だ。愛する俺の娘だ。だがお前は自分で選択し、『アルカナ・ファミリア』に入った。それは掟に従うという事だ。違うか?拒絶は許さない。」

モンドの声は迷いも躊躇いもなく、そうであるがゆえに静かだった。
誰もがモンドの気迫に圧される中、大アルカナの所有者たちはモンドとフェリチータの様子を黙って見守っている。
すぅっとモンドが息を吸い込んだ。

「従えないというのなら、今ここで、俺に勝ってから言え!!」

空気が震えた。
は思わず跳ねてしまった己の体を落ち着かせるように、浅い呼吸を繰り返す。

「おもしれェことになってきやがった・・・・・・」

デビトが呟く声が聞こえたが、今は彼の軽口に付き合ってる場合ではない。
誰もが固唾を呑んで見守る中、フェリチータの声が低く静かに響いた。

「私の道は・・・・・・私が決める。」
「ならば来い!お前の道を決める権利は、今のお前にはない・・・・・・その身で思い知るがいい!」

モンドの言葉にフェリチータの眼光が鋭くなった。
誰かが一歩その歩を下げると、今更気付いたかのように全員がモンドとフェリチータを残し数歩ずつ下がった。
即席のリングが出来上がる。

「と、止めなくていいのか・・・・・・?」

スートの中の誰かが独り言のように呟く声がの耳に届いた。

「バァーカ。パーパとその娘だぜェ?」
「そーそー、止めて止まるものなら、おれたちがとっくに止めてるよ。」
「お嬢様・・・・・・」

デビトとパーチェが頷き合う隣で、ルカが二人を心配そうな眼差しで見つめている。
も可能なのであれば止めに入りたい気持ちではあるが、モンドの気迫に圧倒されただじっと身を固くして見守ることしか出来ずにいた。

「パーチェの言う通りだ。他の者も手出しは無用だ!!さぁ、フェリチータ。俺自ら、お前の力を試してやろう。俺が片膝でもついたら理由くらいは説明してやってもいい。さぁ、来い!得意の蹴りを入れてみろ!」

まるで戦いの合図のように響いたモンドの声に、フェリチータが一気に駆け出した。

「ハッ!!」

身を低くした体勢から、モンドの頭を狙うように脚を蹴り出す。
しかし、それをモンドは片手で簡単に止めてしまった。

「悪くない・・・・・・が。そらっ・・・・・・!!」

ニヤリと口角を上げるたモンドは、一気にフェリチータの体を払い飛ばした。
軽いフェリチータの体が宙を舞い、どさりと床へとその体を叩きつける。

「もう終わりか?体勢も崩さずに俺への蹴りがまともに入るとでも思ったか。」

キンッと澄んだ音が響き、の視線がフェリチータの手元へ移動する。
冷たく光るナイフがモンドの足元へと光の筋を画きながら突き刺さった。
「どこを狙っている?」と、モンドが小馬鹿にしたように笑う。

「早いっ・・・!」

ドゴォッ!!

が呟くのが先か、鈍い音が響くのが先か。
いずれにせよ、フェリチータの右足がモンドの右頬を背後から捕らえた。

「随分と軽い蹴りだな。わざとお前の攻撃を受けている事に気付いていないのか。」

誰の目から見てもモンドがダメージを受けている様子は無い。
フェリチータの頬を冷や汗が伝って床へと落ちた。

「・・・・・・いつまでも小手先の技だけで己を通せると思うな!」

握った拳が電撃を纏う。
空気が爆ぜる音が聞こえた。

「お嬢!!!」

リベルタとパーチェの声が響くと同時に、フェリチータの体が床へと崩れ落ちる。
モンドの攻撃をまともに受けたフェリチータは、気を失いはしなかったがかなりのダメージを受けたようだ。
リベルタに抱き起こされ、ゆっくりと目を開けたフェリチータは、己を見下ろし「無様だな、我が娘よ!」と怒鳴るモンドへ定まらない視線を向けた。

「お嬢!しっかりしろ!」
「お嬢様!!」
「良かったな、可愛い俺の娘。それだけ体を張って守ってくれる男がいて。この人数なら、お前が気に入る奴も一人くらいはいるだろう。」
「パーパ・・・・・・・」
「ふっ・・・・・・。そんな目をするもんじゃない。」

横たわるフェリチータの手を握りモンドを見上げるの眉間には深い皺が刻まれ、ライトグレーの瞳は疑心と不安の入り混じった色をしており、今にも零れ落ちそうなほどに見開かれている。

「・・・・・・パーパ、あなたらしくない・・・・・・」
「パーパ!いくらなんでも横暴すぎるよ!!」

ノヴァとパーチェ、二人の言うとおりだとも頷く。

「モンド、デュエロに関しては初耳だ。目的はなんだ?」

フェリチータをモンドから守るように間に立ったダンテは、僅かな戸惑いを含んだ声色で尋ねるが、モンドはただただ口元を歪めて笑うだけだった。

「目的は言った。なに、お前たちには悪い話ではない。俺の地位を譲ると言っているんだ。つまり、富も名声も権力も・・・・・・この島のすべてが手に入る。」
「説明になっていないわ、パーパ。突然こんな・・・・・・お嬢様の気持ちも無視して・・・・・・・」
「なら、。お前もかかってくるか?」
「・・・・・っ!パーパ!!!!」
・・・止めて・・・・・・」

静かな制止の声に、が視線を下げる。
ゆっくりと起き上がったフェリチータは項垂れたまま、髪に隠れその表情は読めないが、握った手を通して彼女の震えがの手へと伝わってきた。

「お前にも『アルカナ・デュエロ』への参加権はある・・・・・・だが、花嫁が傷付いていては話にならん。せいぜい怪我をしない程度におとなしくしているがいい。俺に傷一つ負わせることができないお前は―――――無力だ。」

ぽたり

手の甲に温もりを感じ、が視線を向ける。
ぽたりぽたりと止め処なく零れ落ちる温かい雫が、の手を濡らしてゆく。

「ここにいる大アルカナの中に、お前が敵う相手はいないだろう。戦いに参加すること自体が無駄かもしれんが・・・・・・まぁ、俺の血を受け継ぐ娘としての価値はある。せいぜい、その価値を最大限に活かすんだな。」

誰もが呆気に取られていた。
ノヴァの言うとおりモンドらしくない態度と物言いにスートたちはおろか、大アルカナを持つ者たちですら戸惑いを隠せないようだ。
だが、ふんっと鼻を鳴らしこの場を立ち去ろうとしたモンドの前に、ひとつ影が飛び出した。

「・・・・・・待てよ!」

モンドを睨みつけて立ちはだかるリベルタに、モンドは「お前か」と言うように気付かれない程度の溜息を吐く。
「お、おい!リベルタ・・・」と誰かが声を上げたが、彼は引くこともなくむしろ噛み付かんばかりの勢いで口を開いた。

「勝者にパーパの地位を譲るってのはわからないでもないけどさ、だけど、お譲と結婚ってのはなんだ?お嬢の意志はどうなる!?」
「リベルタ、俺の言葉を聞いていなかったのか?ファミリーに入った以上、ファミリーの掟に従い『レガーロ』に尽くすのが運命だ。」
「でも・・・・・・オレはそういう事を勝手に決められるのは嫌だし、お嬢はイヤだって言っただろ!それが、ファミリーのためだって言うのか?ファミリーのために、好きでもない奴と一緒になれって言うのか!パーパ、アンタそれでも、実の父親かよ!?」

リベルタの啖呵にデビトがハッ!と鼻で笑った。

「さっすが『愚者』だァ。後先考えない発言がいいネェ!」
「デビト、茶化すのはやめて下さい!リベルタも、落ち着いて!パーチェ、リベルタを止めて下さい。」
「おう!」

デビトが事をややこしくする前に、リベルタがパーパに飛び掛る前に、ルカは最悪の状況を避けるようパーチェに声をかけた。
素早くパーチェがリベルタを羽交い絞めにする。

「離せっ!離せよっ!この、馬鹿力!」
「気持ちはわかるけどさ。パーパに逆らっちゃ、まずいよ〜。」
「納得がいかない!」
「納得いがかないのは私も同じよ!!」

フェリチータの手を握り、その体を支え続けていたが声を張り上げた。
全員の視線がへ向く。
眉間に皺を寄せ、歯を食いしばりモンドを睨みつけるその表情は、ファミリー内の人間が今までに見た中で一番怒りに満ちていた。

「何か理由があるのだと思って黙っていたけれど・・・・・・パーパ。これじゃただの独裁じゃない。勝手に決めて勝手に押し付けて・・・・・・私だって、納得がいかないわ。」

立ち上がったがリベルタの隣に立つと、ルカが小さく「もやめなさい」と苛み、デビトの手が彼女の腕を掴んだ。

「だったら、お前たちが勝って、娘を自由にしてやるんだな。」
「!」
「・・・・・・っ!」

そう言ったモンドの表情に、はハッと口を噤んだ。
彼の心の内を探る前に、今まで静かに事の顛末を見守っていた"マンマ"、スミレが口を開いた。

「私たちの可愛い娘・・・・・・あなたが勝利する道もあるわ。」
「マンマ!」
「さっきモンドが言ったでしょう?『アルカナ能力を持つ者すべてが戦う』と。あなたが戦って勝てばいいのよ。」
「それは・・・・・・それは、パーパとマンマも戦う、ということですか?」
「そうよ。頑張ってね。」

優しく微笑みながら、マンマはノヴァにそう言う。

「アルカナ・デュエロ・・・・・・パーパの引退・・・・・・お嬢様と結婚・・・・・・パーパ、あなた本当に一体・・・・・・」
、お前はあとで俺の部屋に来い。」

小さく告げられた命令にが反応を返す前に、モンドは大きく息を吸い込んだ。

「『運命の輪』は廻り始めた。タロッコの導きに抗え・・・・・・!!」

スーツの裾を翻し広間から立ち去るモンドに、スミレとジョーリィが並び、その後を追うようにダンテも広間を出て行ってしまった。
残された面々も、幹部たちの指示に従い広間を後にする。

「お嬢様。大丈夫?」
「うん・・・・・・こそ、平気?」
「え?えぇ・・・・・・」
「お嬢様!!お体は大丈夫ですか!?」
「ルカ・・・・・・あなたねぇ・・・」

慌てて駆け寄ってきたルカに溜息交じりでフェリチータを任せると、は静かに広間の出口へと足を向けた。
向かうはモンドの執務室。
言いたいことは山ほどあるが、今はモンドの胸の内を知ることが最優先だと、は落ち着かない気持ちのままにヒールを鳴らし長い廊下を突き進んだ。









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