La storia di me e lei e loro 
< 私と彼女と彼らの物語 >
05...La Lunaと言う名の







薄暗い廊下の先。
暗がりにひっそりと隠れるような色の扉を前に、はさも煩わしげに息を吐いた。
扉一枚隔てた先からは、器材か何かがたてる微かな音が聞こえてくる。
居ることはわかっているのだが、正直気が進まない。
「だったら引き返せば良いのに」とは心の中で呟くが、それとは別の自分が「いやいや、はっきりさせたいんでしょ?」と即座に反論する。

「あ〜・・・・・・」

左肩に流した髪を弄りながらは溜息ともつかぬ声を発した。
情けない声である。
ガシガシを頭を掻き、すっと息を吸い込むを意を決したように手を持ち上げ扉に向かって打ち付けた。

「・・・・・・・・・・・・」

ノックが軽かったのだろうか。
待てど暮らせど開かない扉に、の苛立ちが加速する。
再び、力を籠めて扉をノックする。
しかし相変わらず扉は開く気配を見せず、しんっと静まり返った中にの「ちっ」という小さな舌打ちが響いた。
大きく腕を振り上げる。
軽く開かれていた手のひらは、今は拳の形に握り締められている。
このまま叩きつければさすがに気がつくだろうと、は一気に腕を振り下ろすが、彼女の手は扉の当たる寸でのところでピタリと止まった。
キィっと微かな音をたてて扉が開かれたからだ。

「おや?これはこれは・・・・・・珍しい客人だ・・・と、言いたいところだが。何度も何度も扉を叩くのは止めたまえ。研究の邪魔だ。」
「ジョーリィ・・・・・・・・気付いていたなら早く開けなさいよ。まったく、相変わらずこんな薄暗い場所で・・・・・・不健康極まりないわね。」

葉巻をふかせながら僅かな苛立ちを含んだジョーリィの物言いに、も触発されたように言葉を吐く。
サングラスの向こう側の瞳は見えないが、きっと目を細めていることだろう。
ふんっと鼻を鳴らして笑うジョーリィをは睨みつけるように見上げた。

「健康のことなど・・・お前が私に進言出来る立場ではないだろう?それで・・・・・・何の用かな?私は研究で忙しいんだ。手短に頼むよ。」
「あら、それは好都合。私もこんな場所、一分一秒たりとも長く居たくないもの。」

ジョーリィの背後、僅かに開いた扉の先でコポリと何かが動いた。
液体が満たされた水槽のような中に人影のようなもの見えた気がするが、はそんなことを気にしている余裕は無かった。
「それでは用件を聞こうか?」と葉巻の煙を吐き出したジョーリィは片手で扉を閉めた。
余程室内を見られたくないらしい。
自身中になど入りたいとも思わないが、ここまで露骨にされると自然と苛立ちも増すもので、「単刀直入に聞くわ」と言った彼女の声は酷く冷たく廊下に響いた。
ぴくりとジョーリィの眉が上がる。

「・・・・・・ファミリーに何が起きているのかを知りたいの。」
「ほう?」

それはどういう意味だとジョーリィが口にする前に、は真っ直ぐにジョーリィを見つめた。
呼吸が浅いなと彼女の様子についてジョーリィは気付くが、彼は敢えて指摘などしない。
そんな観察めいたことをされているなど気付かないは、不安を隠さない様子で早口に言葉を紡いだ。

「ファミリーに・・・・・・・・いえ、パーパとお嬢様の身に・・・・・・・この先何が起こるの?」
「それを知って、お前はどうするつもりだ?。」

ぐっとが息を飲む。
廊下の灯りに照らされて、サングラスの向こう側の瞳がぎらりと光った。
革靴の踵が石造りの廊下とぶつかり合って響く。
左手はポケットに入れたまま、ジョーリィが一歩また一歩とへと迫る。
彼の歩調に合わせるようにも一歩ずつあとずさるが、すぐに狭い廊下の壁に阻まれてしまった。

「話したところでお前に何が出来る。」
「っ・・・・・・・・」

ぐっと身を寄せてくるジョーリィをは睨みつけるように見上げる。
冷たい壁がじっとりと汗をかいた背中の熱を奪うようだ。
身を寄せ、顔を寄せ、ジョーリィがニヤリと口角を上げた。

「さぁ、・・・・・・お前に何が出来る?・・・・・・おや、答えられないのか?」

くくくと笑うジョーリィの声に酷く苛立つが、それ以上に彼の言葉がへと突き刺さった。
モンドに宥められ、ダンテに誤魔化され、それなのにジョーリィから聞き出したところで自分に何が出来るのだろうか。
頬を汗が伝い落ちた。
ジョーリィの言葉に誘われるように、次から次へと嫌な記憶が脳裏に浮かんでは消える。
彼がアルカナ能力を使っていないことは、は十分理解していた。
それなのに浮かんでくる過去の記憶と悪夢。
自然とは右手で脇腹を握り締めた。

「おや・・・・・・痛むのかい?」

楽しそうにくつくつと笑うジョーリを睨みつけ、は「黙れ」と一言吐き捨てた。

「自分から訪ねてきて黙れとは酷い。それにしても・・・・・・痛むのはスティグマータか、それとも・・・・・・」
「うるさい!!」

キンッと澄んだ音が響いた。
瞬間、ジョーリィの喉元で鋭い刃が灯りを反射して光る。
杖から抜き放った刃はカタカタと小刻みに震えており、ジョーリィはその様子を見てただ鼻で笑うのみだった。
まるで駄々をこねて拗ねる子どもを軽くあしらうかのようだ。
いや、実際に彼にとってはそれとさほど変わりはないのだろうが。

「用事は済んだかね?さぁ・・・私は忙しい。帰りたまえ。」

浅い呼吸を繰り返し尚も睨みつけるにそう言うと、ジョーリィはくるりと背を向けて部屋の扉へと手をかけた。
キィっと蝶番が軋む。
扉が閉まる前、ジョーリィは何かを思い出したように顔だけをへと向けた。
「ああ、そうだ・・・・・・」などと、わざとらしく口にする。

「あの一件依頼、報告書が提出されていないようだが・・・・・・ふん、まあいい。・・・・・・最近の夢見はどうだ?」

「聞くまでもないだろう」と口にする前に、はひとつ舌を打った。
その様子にジョーリィはどこか満足げに笑うと、部屋の中へと入って行ってしまった。
扉を閉めないところを見ると、これ以上まだ何かあるのかとは目を細める。
気分が悪い。
もうこれ以上ここには居たくないと、彼のことを放って廊下を抜けようとした時だった。

「待ちたまえ。・・・・・・これを持って行け。」
「・・・・・・・・何よ、これ。」

手首を掴まれ無理矢理手のひらに乗せられた小瓶の中には、明らかに怪しい黒い錠剤が詰められていた。
説明もなしにこんなものを渡されてもと、はジョーリィを見上げる。

「夢も見ず・・・・・・深い眠りへと就ける薬だよ。そう・・・・・・深い深い眠りに・・・ね。」

大袈裟で怪しい言葉に、は大きな溜息を吐くと、小瓶をジョーリィへと突き返した。
「いらない」と言うのも忘れない。
喉の奥で笑いながら突き返された小瓶を受け取ったジョーリィは、「残念だ」と零す。

「薬ならルカに作ってもらう。あんたのは怪しくて飲めたもんじゃない。」
「おや・・・・・・バレてしまっては仕方がない。」

再び「残念」と呟いたジョーリィは今度こそ部屋の奥へと姿を消して行った。
パタンと扉の閉まる音には一気に疲労を感じ、壁に背を預けたまま大きく息を吐き出した。
右手でそっと左脇腹をなぞる。
シャツの下、イル・ディアーボロのスティグマータ。
そして・・・・・・・・
スティグマータを抉るようにつけられた、一筋の大きな傷。

昔のことだ。
思い出すな。

ぶんぶんと振り払うように大きく首を振ったは、疲れた体をひきずり階段を上がって行った。
額から流れた汗が、頬を伝って肩口に染みを作った。









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