La storia di me e lei e loro 
< 私と彼女と彼らの物語 >
04...レガーロの日常







「報告書は読んだわ。」

執務デスクの前に深く腰を掛け、は静かに目の前に居る人物たちにそう告げた。
影が四つ、の背後にある大きな窓から射し込む光を受け、幾何学模様の絨毯に伸びている。
彼女の言葉を受けそのうちの一つが大きく動く。
しかし、その動きもが差し出した手のひらに遮られ、言葉も発することもなく元の位置に静かに戻った。
満足そうに微笑んだが続ける。

「無銭乗船の男が一人。追いかけて取り押さえようとしたところで抵抗。ナイフを投げてきた。で、それをリベルタ、あなたのそのご自慢のスペランツァで弾いたと。」
「そーそー!俺ってば、お嬢を守ろうと必死で!」
「で?弾かれたナイフは見事に木材を縛っていたロープへ突き刺さったと。」
「う・・・・・・」
「ロープが切れて、危うくお嬢様が崩れた木材の下敷きに?」
「そ、それは・・・・・・」

言葉に詰まりしどろもどろのリベルタを、フェリチータが心配そうに見上げる。
「私は大丈夫だったから」と健気にも庇うフェリチータに、はふっと表情を緩めた。

「ま、お嬢様に怪我が無くて良かったわ。それに、この件は私の管轄じゃないもの。どうせノヴァにこれでもかってほど怒られたんでしょ?」

呆れたように笑うに、リベルタも緊張が解けたように大きく息を吐いた。
「大変だったわね。」と声を掛けられたフェリチータも、「ううん」と微笑む。

「それで・・・・・・どうしてこのメンバーが呼ばれたんですか?」
「あら、私はルカまで呼んだ覚えは無いわよ?お嬢様を呼んだら、あなた勝手について来ちゃっただけじゃない。」
「そ、それは・・・私はお嬢様の従者として!」

どもりながら答えるルカにくすくすと笑った後、は報告書をぱさりとデスクに放り投げ、代わりに一枚の紙切れを手に取った。
こほんとひとつ咳払いをし、彼女が見上げた視線の先にはダンテの姿があった。

「な、何故こっちを見る・・・・・・」
「あら、理由はダンテが一番わかっているでしょう?」

笑みを浮かべ言うに、ダンテが額に汗を滲ませながら一歩下がった。
ぺらりと掲げられた紙には大きな文字で『請求書』と書かれている。
ダンテの言葉に詰まった声が聞こえた。

「あ、お嬢様、ルカ、リベルタ。あなたたちはもういいわよ。報告書の確認だけだったから。あ、もちろんダンテは残ってね。」

呆気ないの言葉に、フェリチータが「もういいの?」と驚いたように言うと、「いーのいーの。」と軽い返事が返ってきた。
「よっしゃー!」と嬉しそうに声を上げるリベルタに、「ちゃんと周り見なさいよ。」と釘を刺すのを忘れない。

「わかってるって!お嬢!もああ言ってることだし、行こうぜ!仕事、まだ残ってんだろ?」
「そうですね。行きましょう、お嬢様。」
「え?う、うん。じゃあ、。」
「ええ。みんな、今日も一日頑張ってね。」

ダンテが何かを言いたげにリベルタを見つめていたが、解放されたことの喜びのせいか彼は気付くことなく執務室を後にしてしまった。
静かに閉まる扉の音が空しく響く。

「それじゃ、ダンテ。請求内容の確認をお願いできるかしら?」
「あ・・・ああ。わかった・・・・・・。」

請求書を受け取り、目を通したダンテの表情がみるみるうちに青ざめる。

「ちょ、ちょっとまて、。駄目になった木材の費用はわかる。だが、このタイル張替え費ってなんだ!」
「あら、木材が倒れてきた際に欠けちゃったのねぇ〜。」
「それに、看板修理費って、これはルカが修理したはずじゃないか!?」
「ご主人気に入らなかったみたい。作り直しの費用が発生しちゃったのよ。」

しれっと言うに、ダンテはそれ以上言葉も出ず、開いた口からは大きな溜息が零れた。
ふふっとが笑う。
少しだけ開けた窓の外から、リベルタの元気な声が聞こえてきた。
今から港へと行くのだろう。
ふっと視線を窓の外に向けると偶然にも目が合い、ぶんぶんと大きく手を振るリベルタにも軽く手を上げて応えた。

「請求分は来月の諜報部の予算から差し引いておくわね。」
「くっ・・・・・・わ、わかった・・・」

手に持った請求書を小さく折畳み、スーツの内ポケットに仕舞ったダンテは、代わりに葉巻を一本取り出した。
吸い口を慣れた手付きでカットし火をつける。

「どうぞ?」
「ああ、すまない。」

椅子を勧めデスクに灰皿を置いたは、そのまま備え付けの簡易キッチンへと向かった。
「カフェでいい?」と尋ねると「悪いな」と返事が返ってくる。
幹部長と幹部長補佐という立場ながら、こうやって二人でお茶をするなど久しぶりだなとは思う。
それぞれにはまた別の役目があるからだ。
毎日顔を合わせるとは言え、それは夕食会であったり、会議であったり、懺悔の時間であったり。
他にも人が居る場が多い、としみじみと思う。
カチャリと小さな音をたて、白いデミタスカップをダンテの前に置き、も自分の席へと戻った。
カフェの香りと葉巻の香りがふわりと交じり合う。

「それで?」
「え?」

カフェの香りを楽しみ、一口飲んだダンテがふいに口にした問いかけに、は酷く間抜けな返事を返してしまった。

「まさか、請求書の件だけじゃないのだろう?」
「あら、ダンテったら。どう切り出そうか迷ってたのに。」
「お前さん、そんな玉じゃないだろうが。」

呆れたように言うダンテにふふっと笑い声を零したは、デミタスカップをソーサーの上に置くと組んだ手に顎を乗せてダンテを見上げた。
その瞳は先ほどまでとは打って変わって真剣そのものだ。
息を吸い込んだは、細く吐き出す息と共に静かに言葉を紡ぐ。

「ダンテは・・・・・・パーパの真意を知っているの?『アルカナ・デュエロ』のことは知らされてなくても、引退のことは知っていたんでしょ?」

の真っ直ぐな視線から逃げるように、ダンテは葉巻の煙を宙に吐き出す。
彼は何かを思案しているように見える。
恐らくは余計なことを話すなとモンドに釘を刺されているのだろうが、そんなことは百も承知だ。

「やっぱり・・・・・・ただ、若年層化が目的じゃないのね?パーパは今のままではファミリー内に混乱が生じるって言ってたわ。それってつまり・・・・・・」
。」

どこか落ち着かない様子で矢継ぎ早に話すを、ダンテの静かな声が制する。
視線をカップに落としたまま、は気持ちを落ち着かせるために深く息を吸い込んだ。

「何でも悪い方向に考えてしまうのはお前の悪い癖だぞ。」
「・・・・・・わかってるわよ。」
「最近、夢見はどうだ。」
「聞くまでもないでしょ?・・・・・・・最悪よ、ほんと。」

ダンテの手がの頭に伸びる。
大きな手のひらがまるで包み込むようにの頭を撫でた。

「ちょっ、ダンテ!子ども扱いしないで!」
「わっはっはっは!」

恥ずかしそうに頬を染め文句を言うにひとしきり笑ったダンテは、飲み終えたカップを置き立ち上がった。
どうやら、仕事に戻るようだ。
気付いたは、長い時間引き止めたことを詫びると共に、「もうひとつだけ」と背を向けようとしたダンテに声をかけた。

「ダンテは・・・・・・一度契約したタロッコと、契約を解除することは出来ると思う?」
「・・・・・・・・・難しいだろうな。」

僅かに顔を顰めたダンテが、溜息と共にそう答える。

「そう、よね・・・・・・」

が自嘲気味に笑った。

「俺も、それほどタロッコについて詳しい訳ではないが・・・・・・前例を聞いたことがない。もっとよく知りたいのであれば、書斎に行くかそれとも・・・・・・ジョーリィにでも聞くんだな。」
「・・・・・・・そうね。ありがとう、ダンテ。書斎に行ってみるわ。」
「ははは。そこで書斎を選ぶあたり、お前さんらしいな。」

そう言い残し、今度こそダンテは執務室を後にした。
すっかり静かになった執務室には、窓の外で鳴く鳥の声と風にざわめく木々の音しか聞こえない。

(やっぱり・・・・・・・私の想像は的外れって訳じゃないみたい・・・)

どうしても胸騒ぎが治まらないは、ダンテが駄目なのであれば残るは・・・・・・と、執務室を飛び出した。
彼の元へ行くのは気が進まない。
だからと言って、このまま放っておくことはには出来なかった。
相談役執務室に行けば居るだろうか。
左手首に巻いた時計に目をやる。
ふぅっと小さく溜息を吐いたは、彼が大人しく自分の執務室に居る訳がないと、館内でもなかなか人が近寄らない場所、錬金部屋へと向かうことにした。
立ち上がり、デスク脇に立てかけた杖を手に取る。

「念には念を・・・・・・って、館内で言う言葉じゃないんだけどね・・・」

扉に手を掛けながら、誰に言うでもなく独り言を呟く。
こんな天気の良い日なのに、あんな薄暗い場所に向かうなんて気が滅入ってしまいそうだな、などと思ったは、話をさっさと終わらせることを心に決め錬金部屋へと続く階段を降りて行った。









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