La storia di me e lei e loro 
< 私と彼女と彼らの物語 >
07...お迎え







「いっやー!楽しみだなぁ〜!ひっさびさに食べるもん、アレ!!」
「へえ〜!オレ、いっつも食べる機会逃しまくってた。そんなに美味いのか?」
「そーだナぁ・・・・・・美味いなんてもんじゃネーぜ?とびっきり美味い、だ。なんっつーか、コイツですら美味い美味いって食うくらいだからなァ。」
「ええ、アレは絶品よ。リベルタも絶対に気に入るわ。」

それぞれがそれぞれに、今日振舞われる"アレ"がいかに素晴らしいかと話し、まだ"ソレ"を未経験なリベルタがいかにも待ち遠しいとばかりに笑った。

「・・・・・・僕も、嫌いではない。」

普段はクールで強く感情を表に出さないノヴァでさえ、歳相応に表情を崩してそう言う。
リベルタが驚いたように目を見開くが、それはすぐに悪戯っ子のそれに変わった。

「珍しーな、ノヴァがそこまで言うなんてさ。背とか伸びんの、ソレ?ぷぷぷ」
「・・・・・・食べる前にその口を切り落としてやろうか・・・・・・!!!」
「冗談だっての!!」

バタバタと廊下を走る足音が二人分。
そしてすぐに聞こえてくる、剣と刀がぶつかり合う音に、デビト、パーチェ、の三人は呆れたように顔を見合わせた。

「はぁ・・・・・ガキどもは動いて腹空かして・・・・・・って、食う準備万端だな。」
「よーっし!おれも軽く食べてくるよっ!!じゃ、また後でっ!!」
「ちょっと、パーチェ!!・・・・・もう、呆れた。でもまあ、少しでもお腹満たしてくれないと、私たちの分がなくなっちゃうもんね。」
「っつってもー、ルカのことだ。バンビーナはともかくとして、お前の分はちゃーんと別に作られてんだろォ?」

走り去ったパーチェを見送りながら呆れた声を出すに、デビトはずいっと身を乗り出すが、彼女は特に気にした様子もなくただ「うん」と頷いた。

「いくらルカの"アレ"が美味しいと言っても、やっぱり甘いものはちょっとね・・・・・・」
「ったーく、羨ましいもんだぜ。」
「ふふ、でも私専用のは本当に甘くないわよ?みんなにとっては美味しくないのかも。」

廊下の端にもたれてしばらく話していた二人だったが、廊下の向こうで自分を呼ぶ声には口を閉じて振り返った。
息を切らして走ってくる部下の姿に、は怪訝そうに眉を顰める。

「あら、レリオ。そんなに慌ててどうしたの?」
「お話し中すみません。あの・・・室長にお客様です。」
「来客?そんなの予定になかったはずだけど・・・・・・誰かわかる?」

今日は久しぶりに全員が集まっての"アレ"が振舞われる日。
全員が予定を開けて待ち侘びていたのだ。
勿論も例外ではなく、来客はもちろんのこと執務ですらごく少量に抑えていたはずで。
尋ねられたレリオはどこか気まずそうにデビトの顔を見上げると、「ここではちょっと・・・」と言葉を濁した。
ピクリとデビトの眉が跳ね上がる。

「ま、いいわ。それじゃあデビト。また後でね。」
「・・・・・・・んじゃ、オレも時間潰してから行くわ。」

ひらひらと手を振って去って行くデビトの背中を見ていただったが、すぐにレリオへと視線を向けた。
その表情はどこか固く、緊張しているようにも見える。

「応接室・・・・・・で、いいのよね?」
「は、はい・・・」

頷くレリオに「一人で大丈夫だから」と言って去らせ、は館の隅にある応接室へと足を向けた。
ギリっと音をたてているかのように強く握られた拳と、普段よりも大きな足音が彼女の苛立ちを露わにしているように見えた。










「ええと、あとはお皿とフォークと・・・・・・」

厨房で忙しなく、それでいて流れるように準備をこなすルカは、入ってきた影を見つけてニコリと微笑んだ。

「あ、お嬢様、もう少しお待ちくださいね。今オーブンを温めていますから。」
「ねえルカ、それって・・・・・・」

フェリチータが指差す先には、こんがりと焼き上がりを待つかのように綺麗に整えられたリモーネパイ。
おやつ・・・にしては量の多いそれに、フェリチータは僅かに首を傾げるが、ルカは気付いていないようだ。

「ええ、お嬢様の大好きなリモーネパイですよ。って、他の人たちはどこに行ってしまったんでしょう。焼き立てを食べたいと言って、あんなにうるさかったのに・・・・・・」
「あ、そっか。みんなの分だ。そう言えばさっきリベルタとノヴァが楽しそうに話してたよ。」

廊下ですれ違ったノヴァとリベルタはそれはそれは険悪なムードだったのだが、フェリチータの目にはそうは映らなかったらしい。
想像をして苦笑いを浮かべたルカだったが、それなら丁度良いと誰でもいいので呼んできて欲しいと頼んだ。

「誰か一人でもここに来れば、きっとみんなも気付くでしょうから・・・・・。ね?」
「うん、わかった。誰か連れてくる。」
「ありがとうございます、お嬢様!!」

快諾したフェリチータに、ルカも満面の笑みを浮かべた。

「おいしい物の匂いに敏感なのは、パーチェだけじゃありませんしね。」

どこか含みを持たせた言い方に、フェリチータは首を傾げるが、ルカはそれ以上何も言おうとはしない。
仕方が無いと厨房を後にしたフェリチータは、さて誰を呼びに行こうかとみんなの姿を思い浮かべる。
そう言えばさっきすれ違ったリベルタとノヴァは二人揃って武器を持っていた。
鍛錬場に行けばもしかしたら会えるかも、とフェリチータは向かう先を決定した。

『いい加減にして!!』

突然耳に飛び込んできた怒鳴り声に、フェリチータはびくりと肩を跳ね上がらせた。
扉を前に、ここは何の部屋だったかと思い出す間も、怒鳴り声は止むことなく聞こえ続いている。

『もうここへは来ないでって言ったでしょう!?何度言えば気が済むのよ!!私は知らない!!家なんて知らないわ!!!』
『で、ですがお嬢様・・・・・・あなた正統な・・・』
『正統?!正統と言うのなら、どうして今頃になって名乗り出るのかしら?そもそも、どうして私は教会で育ったのかしら!!捨てたのよね?私のことを捨てたんでしょ!?』
『それはっ・・・』

聞こえてくる会話の内容は、フェリチータには到底理解のできないことであった。
しかし片方の、・・・怒鳴っている方の声の主に覚えはある。

・・・・・・?」

フェリチータが小さく呟くと同時に、ガンッ!と何かがぶつかる音が響いた。
がテーブルを殴りつけた音なのだが、室内の様子が見えないフェリチータはに何かあったのではと焦った。
入るべきか、それとも邪魔をすべきでないのか・・・迷った末フェリチータは扉へと手をかけた。
が・・・・・・

『あの人たちに伝えてください。・・・・・・私は貴方たちの娘じゃない、と。私の家族はここに居ます。この『アルカナ・ファミリア』が私の家族です。どうぞお引取りください。そして何度も言うようにもう二度とここへは来ないでください。』
『っ・・・・・・』

フェリチータは静かにドアノブから手を離した。
かちゃりと扉が開く音が聞こえ、慌ててその場から離れると柱の影にその身を隠す。
そっと覗き込むと、出てきたのは少し流行遅れのスーツを身に纏った初老の男性のみだった。
の姿はない。
乱暴に閉められた扉へと一礼をした男性が、背中を丸めてエントランスホールへと消えていく様子を見送ったフェリチータは、まだ少し早い鼓動を落ち着かせるように深呼吸を繰り返し、そして柱の陰から出て来た。

「あら、お嬢様。」

その場から去ろうとしていたフェリチータの背中に声がかかる。
目に見えて跳ね上がったフェリチータの体を、は見逃さなかった。
応接室の扉を静かに閉めたは、気まずそうに目をそらしたフェリチータへと近付くと、ふっと表情を緩めた。

「あの・・・・・・・・・あのね・・・えっと・・・・・・」
「ルカのリモーネパイが焼きあがったのかしら?呼びにきてくれたの?」
「え?あ・・・・うん、そう。」
「ありがとう。」

微笑みながらそう言うに、フェリチータは"いつも通りだ"と、ほっと胸を撫で下ろした。
「みんなもう集まってるかも」との手を取ろうするが、しかしそれは空振りに終わってしまった。
不思議そうにを見上げたフェリチータは、大きく目を見開いた。

「でも、今日は遠慮しておくわ。ルカにもそう伝えて。せっかく呼びに来てくれたのに、ごめんなさいね?」
「え・・・??・・・・・・待って、!!」

フェリチータの呼びかけに振り返ることなく、は背を向けて去ってしまった。
ぽつんと残されたフェリチータの脳裏に、「ごめんなさいね?」と言ったの、どこか苦しそうな微笑みが浮かんで消えた。

「おっ嬢ー!!どうしたんだ?こんな廊下の真ん中で。」
「邪魔になる。端へ寄ったらどうなんだ。」
「リベルタ・・・・・・ノヴァ・・・・・・・」
「っんだよ、ノヴァ!そんな言い方しなくてもいいだろ!?って・・・・・どうしたんだ、お嬢。顔色悪いぞ?」

心配そうに顔を覗き込んでくるリベルタに、フェリチータはぶんぶんと大きく首を横に振った。

「な、なんでもないの。そうだ!ルカがパイがもうすぐ焼けるから、呼んできてって。」
「お、マジで!?じゃあ早く行こうぜ!お嬢!!」
「う、うん。」

リベルタに手を引かれて先を歩くフェリチータを、ノヴァは怪訝そうな表情を浮かべながら見つめた。
様子がおかしいのはわかるが、何があったかなど現場に居なかった自分がわかる訳がない。
溜息を吐いたノヴァは、ずんずんと先を歩く二人を追って歩調を速めた。



食堂にふんわりと甘い匂いが満たされ、集まった全員がほうっと息を吐いた。

「良い匂いだ・・・・・・」
「ああ、たまらねえな。」

普段は引き締まった表情を緩めてノヴァがそう言うと、続くようにデビトは口角を上げた。
パーチェは今か今かと待ち侘びるようにナイフとフォークを両手に持っている。

「では、みなさん揃いましたので・・・・・って、の姿が見当たりませんね?」
「あれ?そー言えば居ないねぇ〜。」

室内を見渡してもの姿は見当たらず、心配そうに眉根を寄せたルカに、フェリチータはおずおずと近付いた。

「あ、あのね・・・ルカ。は今日は遠慮しておくって・・・・・ごめんなさいって言ってた。」
が?それはー・・・・・珍しいですね。何かあったのでしょうか。」

顎に手を当てて考え込むルカの隣で、デビトが機嫌を損ねたように眉間に皺を寄せた。

「オレも今回はパス。」
「え?ちょっと!待ちなさい、デビト!!」

早々に食堂を後にしようとするデビトの肩をルカが掴んだ。
「っんだよ」と不機嫌そうなデビトの耳元に顔を寄せ、「何があったのか知っているのですか?」と周囲には聞こえない程度に言う。
既にリモーネパイの取り合いを始めているパーチェとリベルタと横目に、デビトはめんどくさそうに溜息を吐いた。

宛に来客があった。」
「えぇっ!!・・・それってもしかして・・・・・・」
「ああ。ルカの想像通りだろうな。多分バンビーナも現場に居合わせたか、話でも聞いてたんじゃねーの?あーんな暗い顔しちまって。」

かわいそうにと言うデビトの隣で、ルカは苦虫を噛み潰したように顔を顰めた。
今にも食堂を飛び出してしまいそうなルカの肩を、今度はデビトがしっかりと掴む。

の分のパイはこれか?ちっと届けてくるわ。」
「・・・・・・・・わかりました。」

一切れのリモーネパイが乗った白いプレートを片手に、デビトは食堂を後にした。
必死でパイを取り合っている面々は、そんなやりとりがあったことすら気付いていないようだ。
ルカはほっと息を吐いた。

「お願いしますよ、デビト・・・・・・」

そう呟いたルカは、未だ心配そうな表情を浮かべるフェリチータへと近付くと、その不安を取り除くように穏やかな笑みを浮かべた。








しんっと静まった廊下に、ノックの音がやけに大きく響いた。
返事もなく、ただデビトは視界を遮る扉をじっと見つめる。
再び、今度は強く扉を叩く。

カチャ・・・

「おーう、。急にキャンセルなんて、ルカちゃんが泣いてたゼぇ?」
「デビト・・・・・・うん、ごめん。」
「えらく沈んでんじゃねーか。っつーか、ご機嫌ナナメってか。」
「そう言うデビトは、今日はえらく饒舌ね。・・・・・・あら、リモーネパイ。持ってきてくれたの??」
「そりゃあ、甘くねェリモーネパイなんて、流石に誰も食えねーからなァ。」

くすくすと笑っていただったが、すぐに彼女は表情を曇らせた。
まさか彼がこれだけのために部屋を訪れたとは考えられないからだ。
だとすれば・・・・・・

「誰が来たかって、気付いてたんだ?」
「んー?なんのことだか。」
「ま、いいわ。入って。」

廊下に他の誰も居ないことを確認したは、デビトを招き入れると静かに扉を閉めた。
紅茶かカフェを勧めるがどちらもいらないと言った彼に、は自分の分の紅茶を用意する。
一口含むと、一気に気が抜けたような気がして、は大きく息を吐き出した。

「で?」
「うん・・・・・・・相変わらずよ?・・・相変わらず一緒のことしか言わない。ようやく見つけた一人娘を引き取りたいって。・・・・・だったら執事に伝言頼むんじゃなくて、本人たちが顔出すのが筋ってもんじゃないかしら。私だって邪険にしたくてしてるんじゃないのよ?ただ・・・・・・」
「ただ?」

ぴたりとが口を閉じた。
フォークを手に取り、リモーネパイを一口齧る。
サクサクと咀嚼する音がデビトの耳にも届いた。

「腹が立つのよ・・・・・・物心ついた時には教会で生活してて、本当の家族の記憶なんて無いし、それこそパードレやデビトたちが本当の家族だと思ってた。今更、見たことも会ったこともない親が出てきても、だから何って感じだわ?その上あんな・・・・・・」

かちゃんとフォークがプレートにぶつかり音をたてる。

「・・・・・前に一度さ、デビトが追い返してくれたじゃない?」
「ん?あー、あったなァ、そんなことも。」
「あれで懲りたと思ったんだけどなぁ〜。」

残念と口にしたは、困ったように眉を下げて微笑んでいた。

「なァ、。」
「ん?」

顔を上げたの瞳に、優しく微笑むデビトの姿が映し出された。

「次来たら、ちゃんとオレたちを呼べよ。オレもルカもパーチェも、お前のこと大事な家族だと思ってんだからよ。どこの馬の骨ともしらねぇジジババに渡して堪るかってんだ。」
「デビト・・・・・・」

真ん丸に見開かれていたの目が、弓形に細められた。

「ありがと、デビト。本当に・・・・・嬉しいよ。」
「何言ってんだ、バァーカ。」

くしゃくしゃと髪の毛を掻き混ぜられる懐かしい感触に、は幼い頃と同じように声を上げて笑う。
感情的になったことも、感傷に浸ったことも恥ずかしいとは思わない。
それでもこうやって自分を想ってくれる人たちがいるのに、気弱になって沈んでしまった自分が恥ずかしいと思った。

「さてと、んじゃ行くか。」
「え?行くってどこへ?」

ソファーから立ち上がり、デビトが右手を差し出した。
テーブルに置かれたパイはまだ一口しか食べていない。

「"ルカのお茶と一緒に食べてこそ、このリモーネパイの真の美味しさが発揮される"。そう言ったのはお前だろォ?。」
「あ・・・・・・うん!そうだね、デビト。行こう!」

ティーカップは置いてプレートを左手に、右手にはデビトの手を握って、は一人籠もっていた部屋を後にする。

残りのパイを巡って取り合いをする者。
黙々と自分に与えられたものだけを静かに食べる者。
作った者への絶賛を口にしながら笑い合う者。
まだ全員食堂に居るだろう。

食堂の騒がしさを想像して、はふふっと笑い声を漏らした。










inserted by FC2 system