城塞都市、フォルトゥナ。
そこには人間を救った悪魔スパーダだけを崇め、他の悪魔を殲滅させるという教義を掲げた魔剣教団がある。
その教義を達成するため、騎士団というものも存在している。
そして私も、その騎士団の一人だ。





清々しい朝日が差し込む廊下に規則正しくブーツの音が響く。
いつもならどんなにしっかり制服を着込んでいても覇気のない足取りが今日は軽い。
騎士ともあろうものが不謹慎極まりないけれど、私はスパーダ様を信仰なんかしてないし、特別悪魔が憎いわけでもない。
私が騎士団に入ったのはもっと別の理由があるから。

中庭に出て、茂みの中に分け入る。
抜けた先にはお目当ての人物。


「ネロ!!」


芝生の上で気持ち良さそうに横たわっているネロは此方に振り向く気配はない。


「ネロ〜?」


本当に寝てはいないだろうから多分狸寝入りだと思いながら顔を覗き込む。
端正な顔は芸術品のように美しく、思わず息を飲んでしまう程。
不意に風がネロの前髪をくすぐると、それが合図だったかのようにぱちっと目が開いた。
蒼い瞳はまだ眠たそうで、それがまた可愛かったりする。


「おはよ、ネロ」

「………何か用?」


開口一番不機嫌なご様子。
せっかくにっこり笑顔で挨拶したのに、その態度はないんじゃないかと思う。
辛辣な言葉に朝から楽しみにして会いに来たのが悲しくなる。
でもただ会いに来たわけではない。


「クレドさんが呼んでるの 一緒に来て」

「…めんどくせぇ」


用件を伝えたらネロはつまらなさそうに私に背を向けた。
面倒くさいなんて日曜のお父さんか。


「来てくれないと私怒られるじゃない」


素早く反対側に移動してネロと向き合う。
ネロは心底嫌そうに溜め息をつきながら起き上がった。
あともう一押し。


「一緒に行こ?」

「……分かったよ」


面倒臭そうな素振りを見せながらも立ち上がってくれた。


「ありがと、ネロ」

「…さっさと行くぞ」


早足になるネロに置いて行かれないように私も走る。

ネロは優しい。
口も悪いし、無愛想だし、ひねくれているけど、なんだかんだ言って私の相手をしてくれる。
でも私を見るときのあの困ったような目を見ていればわかるんだ。
ネロは私なんか嫌い。
それでも、傍に置いてくれる。


コンコン


「クレド、俺だ」

「入れ」


ぼんやり物思いに耽っていた間にいつの間にかクレドさんの部屋に来ていたみたいだ。
もっと何か話せば良かったな…
そう後悔しているとクレドさんに声をかけられた。


「ネロ、、良く来てくれた」

「何の用だよ」


あいさつなど無視で用件を問いただすネロ。
クレドさんは読んでいた報告書を置いて私達を手招きする。


「ミティスの森で正体不明の生物が暴れていると報告があった」

「悪魔か」

「そうだ」


間髪入れず帰ってきた答えにスイッチが入ったのか、ネロの瞳がギラつく。


「直ちに殲滅しろ」

「りょーかい」


ひらひらと左手を上げ、踵を返すネロ。
まるで遊びに行くよう子供のようだ。


「待てネロ」

「何だよ?」


呼び止められたのが余程不満だったのか、眉間にはまたも深く皺が刻まれている。
そんなところも可愛いと思えてしまうから私も困ったものだ。


「任務にはも同行してもらう」

「え…」

「はぁっ!?」


ネロが素っ頓狂な声を上げた。

「なんでこんなやつと一緒に行かなきゃならないんだよ!?」

「報告では数が多く、厄介だそうだ。も一緒ならすぐ終わるだろう」

「だけど…!」

は強い。足手まといにはならない」

「っ……」


一人で悪魔狩りに行きたかったのか、それとも私と行くのが嫌なのか、ネロは酷く恨みがましそうに此方を見てくる。
そんなに睨まなくなった良いじゃないかってくらい。


「分かったらさっさと行け。、期待してるぞ」

「は、はい!!」


反射的に返事をすると、後ろで大きな溜め息が聞こえた。









、怪我すんなよ」


森に入ってすぐ、ネロはそう言い捨てた。

「心配しないで。私だって結構強いんだから」

「だっ、誰がお前の心配なんかするか!お前に怪我させてクレドに小言言われるのが嫌なだけだ!」


言い終わるや否や、レッドクイーンを担ぎ直し早足で奥へ進んでいくネロ。


「ネロの後ろは私に任せてね!」


置いていかれまいと駆け出しながらそう叫んだ。
きっとこの言葉の裏の想いなんてわからないだろうけれど。

それから10分程走った頃、ネロが急に立ち止まった

「どうしたの?」

「…いや…

「なに?」


此方に振り向いた顔はなんだか少し怖かった。

「少し此処にいろ 俺は先を見てくる」

「いたいけな女の子をこんなところに一人にするつもり?」

「どこにいたいけな女の子がいるんだよ」


せっかくの女の子っぷりにも冷ややかな反応。

「俺の後ろを守るんだろ?」

「う…」


何が面白いのか、ネロはしてやったりといった表情だ。
しかし自分で言い出した手前仕方ない。

「…分かった でも早く戻ってきてね」

「あぁ」


なるべく笑顔で見送ると、ネロはすぐ森の奥へ消えた。

「………バカ…」

ふぅ、と溜め息をついて近くにあった樹に腰掛ける。
一緒の任務だと張り切ってきてみたのにこの有り様。
ネロが悪魔狩りを一人でやりたがるのも、私が嫌いなのも知っている。


「……でも置いていかなくてもいいじゃない…」


陽の光から隠れるように自分の膝に顔を埋める。
ネロに一目惚れして騎士になったけどこの想いが報われることはない。
ならばせめてと、守ろうとすればそれも拒否される。
八方塞がりだ。
こうやって物思いに耽るのは良くない。
だから気付けなかった。


―ザシュッ


悪魔の存在に。


「っ!」


ついさっき物思いに耽って後悔したばかりなのに懲りないな、とつくづく思う。
間一髪、身体が真っ二つになるのはなんとか避けたが、右肩がすっぱりと切れてしまった。
私の代わりに真っ二つになった樹の後ろから、現れる悪魔。
気付けばいつの間にか周りにも大量にいるそれらは皆、ケラケラと笑いながら近づいてくる。


「…泣きそう」


悲しいやら悔しいやら痛いやらで出てきそうになる涙をぐっと堪え、剣を構える。
不本意だけど私はいたいけな女の子ではないから戦わなければならない。
何より、ネロの後ろを任されている。


「此処は通さないわ!!」


怪我のせいで剣が重い。
だんだん息が上がり、目眩がしてくる。
耐えきれず膝をついた。
霞む視界に高々と鎌を掲げた悪魔と美しい銀色を見ながら、私は意識を手放した。










ふと人の気配を感じて目を開けた。
見慣れない白い天井と柔らかいベッドで此処が医務室だと分かる。
窓から差すオレンジの光がもう夕暮れだと教えてくれた。


「…………ネロ?」


カーテンの向こうに見える人影は呼び掛けられた途端びくっと大きく動いた。
背格好からしてネロだ。


「…あー、は、入っても良いか?」

「…うん」

ネロはカーテンをゆっくりと開けおそるおそる入ってきた。


「…その…怪我大丈夫か?」

「…あ…うん…」

「そ、そうか…」


てっきり嫌味の一つでも言われるだろうと思っていたからこれには驚いた。
ネロは考えながら話しているようで、視線がかなり泳いでいる。


「…これ、見舞い」

「あ、ありがと…」


定番のメロンやりんごが入ったフルーツ盛り合わせ。
言ったら怒られるだろうけど全然似合っていなくて笑える。



「…キリエが持ってけって言ったから持ってきただけだから」



独り言のように言いながら机に置くと、ネロはまた挙動不審に逆戻りした。


「…あ、あの、その、ごめんな、俺間に合わなくて…痛かったろ…」

どうやら私の怪我を自分のせいだと謝りたいみたいだ。
気にかけてもらってるようで嬉しくなる。


「身体に傷なんかつけて…困るよな…」

「…え…?」

「だ、だからその、も一応嫁入り前の女だし、なんていうか…その…」


もそもそと話された言葉に頭がずきずきと痛む。
ネロは私のことで勝手に責任を感じて勝手に取るつもりだ。
優しくてまっすぐなネロのこと、大方クレドさんにでも叱咤されたのだろう。
でも、そんなものでネロに負い目を感じさせたくない。


「……良いよ」

「……は?」


弾かれたように顔を上げたネロに優しく諭す。

「私が怪我したのは私のせい。ネロが悪いんじゃない。だから気にしないで」

「だけど…!」

「ちょうど騎士も辞めようかと思ってたとこだし、結婚して辞めるのも良いかもね」


これでもかと蒼い瞳を見開いて微動だにしないネロに背を向けた。
もうこれ以上顔を見たくない。


「…分かったら帰って」

「…………」


早く居なくなって。
そうしたら思い切り泣けるから。
だけど私の願いとは反対にネロはこちらに近付いてきた。


「…結婚って、相手いるのかよ?」

「…………」

「べ、別に騎士辞めなくても良いだろ?」

「…………」

「……なんか言えよ!」

「…………」


ネロの言葉が痛い。
きっと今日ほどネロの優しさが悲しく感じる日もないだろう。
早く呆れて帰ってくれればいいのに。


「……寂しいだろ…」

「……?」


突然入ってきた小さな言葉に思考が止まる。
少し振り向けば、俯いているネロがいた。


「…がいなくなったら、からかうヤツいなくなるから寂しいだろ…」

「……ネロ…」

「一緒にいると結構楽しいし……お、俺、のこと嫌いじゃ…ない」

「……ホント…?」

「あ、あぁ…」


見上げたネロの顔は夕日に負けない位耳まで真っ赤。
…もしかして、期待していい?


「……私も…ネロといたい」

「っ!?」


言った途端、後退りして更に真っ赤になるネロ。


「お、お前なに恥ずかしいこと言ってんだ!!」

「だって私ネロが」

「あー!!あー!!お、俺、り、りんご剥いてくる!!!」


私の言葉を遮ったネロは自分の言葉もまだ言い終わらないうちから駆け出し、扉を壊さんばかりの勢いで閉めていった。
これって…


「脈あり…ってこと…?」


嫌われていないのなら、
一緒にいて楽しいなら、
私は傍にいるからね、ネロ。

フルーツカゴに取り残されたりんごを見て自然と顔が緩んだ。







→ネロ視点



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相互記念ということで、氷刃 靂様から戴いちゃいました!!
ネロのツンデレ要素満載のが読みたいです!などと、無理を言ってしまったのですが。
もう、ツンデレネロ最強すぎです!(*´д`*)
靂様、本当にありがとうございました♪




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