城塞都市、フォルトゥナ。
清々しい朝日が差し込む廊下に規則正しくブーツの音が響く。
中庭に出て、茂みの中に分け入る。
「ネロ!!」
芝生の上で気持ち良さそうに横たわっているネロは此方に振り向く気配はない。
「ネロ〜?」
本当に寝てはいないだろうから多分狸寝入りだと思いながら顔を覗き込む。
「おはよ、ネロ」
「………何か用?」
開口一番不機嫌なご様子。
「クレドさんが呼んでるの 一緒に来て」
「…めんどくせぇ」
用件を伝えたらネロはつまらなさそうに私に背を向けた。
「来てくれないと私怒られるじゃない」
素早く反対側に移動してネロと向き合う。
「一緒に行こ?」
「……分かったよ」
面倒臭そうな素振りを見せながらも立ち上がってくれた。
「ありがと、ネロ」
「…さっさと行くぞ」
早足になるネロに置いて行かれないように私も走る。
ネロは優しい。
コンコン
「クレド、俺だ」
「入れ」
ぼんやり物思いに耽っていた間にいつの間にかクレドさんの部屋に来ていたみたいだ。
「ネロ、、良く来てくれた」
「何の用だよ」
あいさつなど無視で用件を問いただすネロ。
「ミティスの森で正体不明の生物が暴れていると報告があった」
「悪魔か」
「そうだ」
間髪入れず帰ってきた答えにスイッチが入ったのか、ネロの瞳がギラつく。
「直ちに殲滅しろ」
「りょーかい」
ひらひらと左手を上げ、踵を返すネロ。
「待てネロ」
「何だよ?」
呼び止められたのが余程不満だったのか、眉間にはまたも深く皺が刻まれている。
「任務にはも同行してもらう」
「え…」
「はぁっ!?」
ネロが素っ頓狂な声を上げた。
「なんでこんなやつと一緒に行かなきゃならないんだよ!?」
「報告では数が多く、厄介だそうだ。も一緒ならすぐ終わるだろう」
「だけど…!」
「は強い。足手まといにはならない」
「っ……」
一人で悪魔狩りに行きたかったのか、それとも私と行くのが嫌なのか、ネロは酷く恨みがましそうに此方を見てくる。
「分かったらさっさと行け。、期待してるぞ」
「は、はい!!」
反射的に返事をすると、後ろで大きな溜め息が聞こえた。
「、怪我すんなよ」
森に入ってすぐ、ネロはそう言い捨てた。
「心配しないで。私だって結構強いんだから」
「だっ、誰がお前の心配なんかするか!お前に怪我させてクレドに小言言われるのが嫌なだけだ!」
言い終わるや否や、レッドクイーンを担ぎ直し早足で奥へ進んでいくネロ。
「ネロの後ろは私に任せてね!」
置いていかれまいと駆け出しながらそう叫んだ。
それから10分程走った頃、ネロが急に立ち止まった
「どうしたの?」
「…いや…」
「なに?」
此方に振り向いた顔はなんだか少し怖かった。
「少し此処にいろ 俺は先を見てくる」
「いたいけな女の子をこんなところに一人にするつもり?」
「どこにいたいけな女の子がいるんだよ」
せっかくの女の子っぷりにも冷ややかな反応。
「俺の後ろを守るんだろ?」
「う…」
何が面白いのか、ネロはしてやったりといった表情だ。
「…分かった でも早く戻ってきてね」
「あぁ」
なるべく笑顔で見送ると、ネロはすぐ森の奥へ消えた。
「………バカ…」
ふぅ、と溜め息をついて近くにあった樹に腰掛ける。
「……でも置いていかなくてもいいじゃない…」
陽の光から隠れるように自分の膝に顔を埋める。
―ザシュッ
悪魔の存在に。
「っ!」
ついさっき物思いに耽って後悔したばかりなのに懲りないな、とつくづく思う。
「…泣きそう」
悲しいやら悔しいやら痛いやらで出てきそうになる涙をぐっと堪え、剣を構える。
「此処は通さないわ!!」
怪我のせいで剣が重い。
ふと人の気配を感じて目を開けた。
「…………ネロ?」
カーテンの向こうに見える人影は呼び掛けられた途端びくっと大きく動いた。
「…あー、は、入っても良いか?」
「…うん」
ネロはカーテンをゆっくりと開けおそるおそる入ってきた。
「…その…怪我大丈夫か?」
「…あ…うん…」
「そ、そうか…」
てっきり嫌味の一つでも言われるだろうと思っていたからこれには驚いた。
「…これ、見舞い」
「あ、ありがと…」
定番のメロンやりんごが入ったフルーツ盛り合わせ。
「…あ、あの、その、ごめんな、俺間に合わなくて…痛かったろ…」
どうやら私の怪我を自分のせいだと謝りたいみたいだ。
「身体に傷なんかつけて…困るよな…」
「…え…?」
「だ、だからその、も一応嫁入り前の女だし、なんていうか…その…」
もそもそと話された言葉に頭がずきずきと痛む。
「……良いよ」
「……は?」
弾かれたように顔を上げたネロに優しく諭す。
「私が怪我したのは私のせい。ネロが悪いんじゃない。だから気にしないで」
「だけど…!」
「ちょうど騎士も辞めようかと思ってたとこだし、結婚して辞めるのも良いかもね」
これでもかと蒼い瞳を見開いて微動だにしないネロに背を向けた。
「…分かったら帰って」
「…………」
早く居なくなって。
「…結婚って、相手いるのかよ?」
「…………」
「べ、別に騎士辞めなくても良いだろ?」
「…………」
「……なんか言えよ!」
「…………」
ネロの言葉が痛い。
「……寂しいだろ…」
「……?」
突然入ってきた小さな言葉に思考が止まる。
「…がいなくなったら、からかうヤツいなくなるから寂しいだろ…」
「……ネロ…」
「一緒にいると結構楽しいし……お、俺、のこと嫌いじゃ…ない」
「……ホント…?」
「あ、あぁ…」
見上げたネロの顔は夕日に負けない位耳まで真っ赤。
「……私も…ネロといたい」
「っ!?」
言った途端、後退りして更に真っ赤になるネロ。
「お、お前なに恥ずかしいこと言ってんだ!!」
「だって私ネロが」
「あー!!あー!!お、俺、り、りんご剥いてくる!!!」
私の言葉を遮ったネロは自分の言葉もまだ言い終わらないうちから駆け出し、扉を壊さんばかりの勢いで閉めていった。
「脈あり…ってこと…?」
嫌われていないのなら、
フルーツカゴに取り残されたりんごを見て自然と顔が緩んだ。
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