La storia di me e lei e loro 
< 私と彼女と彼らの物語 >
09...Appuntamento amoroso







夕食会も終わり、それぞれが思い思いの時間を過ごす夜。
仕事に戻る者も居れば、休む者、趣味の時間に没頭する者と、夜になってもファミリー内は騒がしい。

食堂を真っ先に飛び出したリベルタとそれを追ったダンテは、これから港の警備。
そんな彼らの背中を、しばし呆れたように眺めてから立ち去ったノヴァは、書類の整理があると言っていた。
ではそろそろ……そう言ってルカはフェリチータを部屋へ送り届けるために立ち上がり、フェリチータもそんなルカに付き添われて寝室へと戻って行った。
ジョーリィに至っては気付けばどこにも姿はなく、恐らくはこれから研究室に篭って怪しい研究に勤しむのだろう。

そうやってすっかり人の減った食堂内に、大きな大きな溜息が響き渡った。
溜息と言っても、疲労や煩わしさといったネガティブなものではないようだ。
それは彼女の――の表情を見れば一目瞭然だった。

「そんでェ? なんなんだ……アレ。ウゼーったらありゃしねェ」
「うーん……めずらしくボーっとしちゃってるねぇ〜。いつもなら真っ先に執務室に戻るのに」

ダイニングテーブルに肘をつき、頬に両手を添えて宙を見つめるその瞳はうるうると潤んでおり、ほうっと吐く溜息には熱が篭っている。
明らかに何か良いことがあった、もしくはこれから良いことが起こると言った様子だ。
未だに食堂に残るデビトとパーチェは、先ほどから何度目か数えるのも面倒になったの溜息に、ついに顔を見合わせてこちらはこちらでうんざりとした溜息を吐いた。

「そうだ! 本人に聞けば良いんだよ〜。おれあったまいい〜!! ー!!」
「パーチェ、うるさい」

バカ、止めとけ!――そうデビトが口に出す前に、席を立ったパーチェが一目散にに近付くが、酷く冷たい声と視線を受けてしまった。
トボトボと肩を落として、哀れな目を向けてくるデビトの元へ戻る。

「ありゃァ、本気の目だな……」
「う……うぅ……ひどいよ、……」
「うぅぅぅ〜……お嬢様ぁ……」
「うぉっ!!」

パーチェの鳴き声に別の嗚咽が混じり、その突然のことにデビトが肩を跳ね上がらせた。
いつの間にもどってきたのか、ルカがパーチェの隣の席に座り、ハンカチを片手に咽び泣いている。

「なんだァ? ルカ。バンビーナに愛想でも尽かされちまったのかァ? あぁ、そりゃいつものことか!」
「うるさいですよ、デビト。違います! お嬢様は私に愛想を尽かしたりなんかしません!! ただ、明日の休日は一日外出するから絶対に……絶対についてこないでってぇぇぇ……おじょおおおさまああああ!!」
「尽かされてんじゃねーかよ……」
「なんか言いました!?」

泣くか怒るかどっちかにしろよと、口には出さないがデビトの目はそう言っている。

「ったく……ウゼーのが増えちまったぜ……そんじゃ、オレは行くぜ?」

返事も聞かず立ち上がったデビトは、振り返りもせずに食堂を後にした。
熱の籠もった溜息を吐きながら宙を見つめる者と、すすり泣く者と、咽び泣く者――この三人が残る食堂は一種異様な空気に包まれていたと、後々にマーサがメイドトリアーデに零したという。













今日も今日とてレガーロ島は快晴。
朝市が開かれていたビヴァーチェ広場は、それが終わったと言うのに人通りが多く賑わっている。
噴水前のベンチに座って広場を眺めるは、道行く人々の幸せそうな表情を見て嬉しそうに目を細めた。

! ハァハァ……ごめんなさい、待った?」
「全然待ってないわよ、お嬢様。そんな急がなくても良かったのに……って、あら? あらあらあらあら!」
「な……なに?」

息を整えるフェリチータの姿に、の表情が一層輝きを増した。
控えめなレースがあしらわれた淡いクリーム色のワンピースにボレロを合わせ、足元はブラウンの編み上げロングブーツ。
普段は高い位置で二つに纏められた長い赤髪は、位置はそのままにお団子型にすっきりと纏められている。
非常に良く似合っているその姿に、は頬を紅潮させると、また昨夜同様に熱の籠もった溜息を吐いた。

「お嬢様、すっごく可愛い!! とてもよく似合ってるわ」
「あ……ありがとう。もすごく似合ってる。綺麗……」
「あら? ふふふ。お嬢様に褒められるなんて嬉しいわね。ありがと」

フェリチータと同じく、も今日は黒のパンツスーツ姿ではない。
鮮やかなブルーのワンピースに黒のジャケットを合わせ、素足の先にはオープントゥのアンクルブーツ。
飾り気なく纏められ左肩に流れていた髪は解かれ、が動くのに合わせて揺れている。

「急にごめんね、。買い物に付き合って欲しい、なんて」
「そんなこと! お嬢様に誘ってもらえてすごく嬉しいわ。それに……ちゃんと私服で来てくれたし!」
「あ、あはは……」

――絶対に絶対にぜーったいに! 約束よ!!

苦笑いを浮かべるフェリチータの脳裏に、の必死の形相が甦る。
折角の休日デートなのだから……と力説するに根負けしたフェリチータは、メイドトリアーデに相談してこの格好におさまったのだが、ここまで喜んでもらえるのなら良かったかな? と、目の前で嬉しそうに微笑むを見て口角を上げた。

「さてと、お嬢様。まずはどこへ?」
「うん。実はね……」

消え入りそうな声で続けられた言葉に、は目を真ん丸に見開いて驚いた。
今更だけど、パーパに誕生日のお祝いを……恥ずかしそうに俯くフェリチータの様子から、先ほどの言葉が聞き間違いなどでないことがわかる。
あれだけのことがあったけれど、それでもやはり彼女は父親を慕っているのだ。
『恋人たち』の能力を持たない自分でも、フェリチータの心の中が透けて見えるようだ。
ふっと表情を緩めたは、胸の前で恥ずかしそうに指を交差させる彼女の手を取ると、ぎゅっと握ったまま歩き出した。









「パーパ……喜んでくれるかなぁ?」
「もちろん。愛しの娘が心を籠めて選んだプレゼントを喜ばない親がいるものですか。それに、あのパーパでしょ? 家宝にするぞ!! なんて言い出しそうだわ」

の言葉に、フェリチータの笑い声が重なる。
プレゼントも選び終え、フィオーレ通りで昼食を摂り、今はぷらぷらとウィンドウショッピングを楽しんでいる。
帽子屋の前、靴屋の前、アクセサリー屋の前――女の子が喜びそうな物で溢れている通りを、二人であれやこれやと話しながら歩く。
ただそれだけのことなのに、フェリチータにとってはとても新鮮なことで、こんなにも楽しいものかと自然と笑顔があふれ出す。

「あ、お嬢様! あれを見て!」
「え? あっ……」
「ね! 行ってみましょう?」

彼女たちの視線の先には、小さな小さな移動販売のカートがあった。
大きなパラソルの下には手描きの看板が掲げられていて、そこには可愛らしいイラストと一緒に『Caramella』とカラフルな文字で描かれている。
店先には色とりどりのキャンディーがいくつも並べられ、太陽に照らされてまるで宝石のようにキラキラと輝いていた。

「いらっしゃい、お嬢さんたち」

ニコニコと人の良い笑みを浮かべた壮年の男性が、手際よくキャンディーを包装しながら声をかけてくる。
この辺りでは初めて見るお店ね? と尋ねるに、男性は最近引っ越してきたのだと言う。
元々は別の島で小さなキャンディーショップを開いていたが、昔一度来たこのレガーロ島に憧れ、遂には移住を決めたらしい。

「レガーロを気に入ってもらえて本当に嬉しいわ」
「おじさん。困ったことがあれば、いつでも『アルカナ・ファミリア』に相談してね」
「『アルカナ・ファミリア』? ああ、この島を守る自警組織だそうだね。もしかして……お嬢さん方が?」

驚いたように目を丸める男性に、とフェリチータは顔を見合わせて笑う。
いつの間にか店先には三人の楽しそうな笑い声が響いていた。



「アランチャにフラゴラ……リモーネ。それにメンティーナも」
「ふふ。いっぱい買ったわね、お嬢様」
「そう言うも、ね?」
「あいつらにお土産よ。特にパーチェはうるさそうだし」

くすくすと笑うに、フェリチータはそう言えば……と彼女を見上げた。

って、ルカたちとはいつから一緒にいたの?」
「え? うーん……いつからって、そうねぇ……物心つく頃には四人揃ってたし、多分生まれた時からかしら?」
「あっ…………」

フェリチータが口篭った。
先日の記憶が蘇る。

――捨てたのよね?私のことを捨てたんでしょ!?
――あの人たちに伝えてください……私は貴方たちの娘じゃない、と。私の家族はここに居ます。この『アルカナ・ファミリア』が私の家族です。

あの時はの激しい怒鳴り声に驚いて、言葉の内容までは頭に入ってはこなかったが……フェリチータは先ほどの質問を口に出したことを後悔した。

「お嬢様が気にすることじゃないわ?」

その言葉に驚いて顔を上げたフェリチータは、穏やかな笑みを浮かべると目が合った。
聞こえていたんでしょう? ――その言葉の意味を一瞬遅れて理解したフェリチータは、どこか気まずそうに視線を逸らして頷く。
くすっと笑う声が頭上から聞こえた。

「少し休憩しましょうか」
「え? あ……うん」

が指差す先にあったベンチに腰をかけると、かさかさと紙が擦れる音が聞こえた。
はいっと手渡された赤い小さなキャンディーを受け取り口に含むと、甘酸っぱいイチゴの香りが鼻を抜ける。

「美味しい……」
「あら、本当ね」

丁度良い甘さだわ、とも微笑んだ。
人々が行き交う足音や楽しそうな笑い声、広場の噴水の音に鳥が羽ばたく音。
しばらくその音を楽しんだは、あの時は驚かせてしまってごめんなさいね……と微笑んでから、穏やかな口調でゆっくりと話し始めた。

「私はね、生まれてすぐに教会の前に捨てられてたの。小さなカゴに名前の書いた紙と、この腕時計が入っていたそうよ。」

の腕には大きすぎるシルバーの腕時計は、フェリチータの目から見ても年季の入ったもののように見える。

「物心がつく頃には、教会での生活が当たり前のものになっていたわ。パードレ【神父】が居て、カテリーナさん……パーチェのお母さんが居てあの三人が居て、それが私の家族だったの。でも……パードレが死んじゃって、カテリーナさんも病で……。今更『あなたは私たちの本当の娘だから、また一緒に暮らしましょう』なーんて言われても……ね」
「……も、お嬢様って呼ばれてた」
「ええ。この島でも有数の資産家『家』……その現当主が私の父親らしいわ。本当か嘘かは知らないけれど、でもそんなのどっちだっていいのよ」
「??」

首を傾げるフェリチータに、にっこりと微笑んでウインクを一つ贈る。

「だって、私の家族は『アルカナ・ファミリア』だもの」
…………うん!」

ね? と、念を押すように微笑むと、フェリチータが勢いよく頷いた。

「さあ、日も暮れてきたわね。そろそろ帰りましょうか、お嬢様。ルカが心配しすぎて泣いてるかも」

くすくすと笑うに、フェリチータもほっとした表情を浮かべる。
『アルカナ・ファミリア』が本当の家族だと、そう言ってくれたことが嬉しかったのだ。

「お嬢??……あ!! お嬢ー!! ー!! よかったー、本物だー!!」

穏やかな笑みを浮かべていたフェリチータだったが、唐突に自分を呼ぶ声に驚き、慌てて振り返った。
も呆れたように笑いながら、向こうから走ってくるパーチェと、その後ろをめんどくさそうに歩くデビトに向かって軽く手を上げる。

「うっわー! お嬢もも、めちゃくちゃ可愛い!」
「オレとしちゃァ、もっとスカートが短くてもイイんだが……ま、似合ってるぜ?」
「え? あ……ありがとう……」

パーチェは、頬を紅潮させて俯くフェリチータからへ視線を移すと、納得したように何度も頷いた。

「そっかぁ〜、なるほどね。だからってば、昨日あんなにぼーっとしてたんだ!」
「うるさい、パーチェ」
「ああ、ウゼーったらなかったゼぇ?」
「はいはい、デビトも黙って」

半眼で睨みつけると、おー恐い恐い、などと二人揃ってバカにしたように笑う。
今から館へ戻るところだと言うパーチェと、だったらみんなで帰ろうと提案するフェリチータに、はがっくりと肩を落とした。
フェリチータと二人きりで、ゆっくりと帰りたかったからだ。

「仕方ないわね……」
「ククク、残念だったなァ、

からかうように言うデビトを溜息交じりで睨みつけただったが、ちらりと視界の端に飛び込んできた一人の男に、訝しげに目を細めた。
そんな彼女の様子に気付き同じ方向を見るデビトに、あの男に見覚えは無いかとは小声で言う。

「ああ? ……あれって、チビちゃんが回してきた手配書の男じゃねェか」
「やっぱり……ハァー……」

休日とは言え、見つけてしまったものは仕方が無い。
ここで見逃す訳にはいかないだろう。

「オイ、パーチェ! お前はバンビーナを連れて先に館に帰ってろ」
「え!? な、なんで!?」
「野暮用よ、野暮用。お嬢様、ごめんなさいね。夕食会までには必ず帰るから! またあとでねー!」
「ちょっ、!?」

デビトが駆け出し、後を追っても走り出す。
取り残されたフェリチータは呆気に取られるが、遠くから呼ぶ声にハッと顔を上げた。

「お嬢様ー! 今日は本当に楽しかったわ!! またデートしましょうねー!!」
「オイコラ、!! 見失っちまうだろーが!!」

大きく手を振るをデビトが引き摺る様子が見えたが、それもすぐ人込みに紛れて消えてしまう。
一体何が起こったのかと不思議に思うが、当の二人が去ってしまった今では首を傾げる他ない。

「それじゃ、お嬢。帰ろっか」
「う……うん」

腑に落ちない表情で差し出されたパーチェの手を取る。
温かいそれは、朝に繋いだ手よりもずっと大きくてしっかりとしていた。










inserted by FC2 system