La storia di me e lei e loro
< 私と彼女と彼らの物語 >
10...詐欺師
裏通りを迷いなく進んでゆく男の背を追って、とデビトはその歩を早める。
はすぐにでも追いかけて捕まえようとしたが、男の様子を見ていたデビトがそれを止めた。
「どこへ行くのかしら……」
「さーなァ。ただ、何かしら目的はありそうだ。それに、アジトに戻るんなら戻るで、それを突き止めるのも悪くねェ」
が小さく溜息を零す。
基本的にめんどくさがり屋のデビトがこんなにヤル気を見せるのも珍しい。
何かあの男に因縁でもあったのかとも思っただったが、手配書を見た時の彼の様子からそれは無いと自己完結させる。
だったら、聖杯からの依頼……それも乗る気も起きない面倒な依頼に対しての腹いせといったところだろうか。
その方がしっくりくる。
捕まえた後に男が受ける仕打ちを想像して、は苦笑いを浮かべた。
「あァ? 何笑ってんだァ、」
「なんでもないわよ。それよりあの男、どこまで行くのかしら」
裏通りもかなり奥まで進んできた。
すでに表通りの喧騒は耳には届かず、もう夕暮れだがそれにしては暗い。
デビトの言うように、男はこのままアジトに戻るのかもしれない。
「ねえ、デビト。もしあの男に仲間がいれば、私たちだけじゃ相手しきれないんじゃないかしら? 何人いるかもわからないんだし……」
聖杯か棍棒に応援を頼んだ方が。
がそう口にする前に、デビトが自分の唇に指を当て眉を顰めた。
口を噤んだは彼が向ける視線の先を覗き込む。
「え……?」
小さな声が彼女の唇から零れた。
デビトも眉間の皺を深くする。
手配書の男が青い瞳を細めて嫌な笑みを浮かべるその向かいには、にとって見覚えのある男の姿があった。
流行遅れのスーツに、後頭部に撫で付けた白髪交じりの髪。
気の弱そうな目は怯えたように揺れている。
数日前、の元を訪ねてきた、家の執事である。
「なんであの人が……っ」
「こっからじゃなんも聞こえねーなァ」
何か言い合っているようだが、声が小さくよく聞き取れない。
だが、彼らの表情から見て、手配書の男が優位に立っているように見えた。
目を細め口元を歪めて作った笑みは、ニヤニヤとしていて嫌な感じだ。
それに比べ執事の男は両眉を下げ、困ったような縋るような表情を浮かべている。
「捕まえて聞き出す方がはえーか、それともオレのアルカナ能力で……」
「待って、デビト。話が終わったみたい」
物陰から身を乗り出せば、執事の男が背中を丸めて立ち去ってゆく姿が目に映る。
「交渉決裂ってか?」
「そんな感じだったわね。でも、一体何の……」
「おっと、こっちに来るぜェ?」
「捕まえて聞き出すわよ、デビト」
の言葉に、デビトが喉を鳴らして笑う。
もちろんそのつもりだ、とでも言っているようだ。
ジャリジャリと手配書の男が砂を踏み締める音が近づいてくる。
「おーっと、止まりな」
「アルカナ・ファミリアよ」
「っ!!」
細い裏路地をデビトが塞ぎ、その背後にが立つ。
驚いて踵を返そうとした男の足元にナイフが数本突き刺さった。
右手で投げナイフを弄びながら、がデビトの前に出る。
「それ以上一歩でも動けば……痛いわよ?」
ニヤリと口角を持ち上げてが言うと、男はこれでもかと顔を顰めた。
小さな舌打ちが聞こえる。
「詐欺師マルヴェロね。ちょっと話を聞かせてもらえないかしら?」
一歩踏み出すと、男……マルヴェロが一歩下がる。
動くなって言ったでしょう? と、がもう一本ナイフを彼の足元に投げつけた。
「チッ! なんだよ……何が聞きたい」
マルヴェロがを睨みつける。
普段は獲物を横取りするハイエナが、これでは逆に横取りされたかのようだ。
ピクピクと痙攣を繰り返す目元が、彼の苛立ちを表現している。
「さっきの男、あんたとどういった関係なの?」
「アァ? んなこと聞いてどうすんだ!」
ガウンッと銃の発砲音が鳴り響く。
マルヴェロの右耳をかすり、彼の背後の壁が小さくえぐれた。
「テメーは聞かれたことだけ答えりゃいいんだよ」
「命が惜しければね。彼、見た目どおり短気だから。それに……」
ひゅっと息を吸い込み、が地面を蹴った。
マルヴェロが身構えるより先に、彼の喉元にナイフを突きつける。
「私もそう気が長いわけじゃないの」
「ひっ……!」
喉を上下させたマルヴェロが、わかったと頷く。
「と、とにかくそのナイフを引いてくれ!」
声を震わせる彼の喉元からナイフを引くと、代わりにデビトが銃口をマルヴェロに向ける。
もちろんマルヴェロに気付かれないようにだが。
「さて、それじゃ話してもらおうかしら?」
「…………」
「早くしなさい」
の冷たい声が響く。
マルヴェロが小さく喉を鳴らした。
「わ、わかったよ……ったく、乱暴な女だな」
悪態を吐きながらも、彼は溜息交じりに答える。
「あの男から仕事を依頼されてたんだよ。で、さっきのはその結果報告ってとこだ」
「仕事の依頼? 詐欺師のあんたに一体なんの仕事を依頼したって言うのよ」
「さっきから聞いてりゃ、詐欺師だのなんだのって……心外だぜ」
「あら。詐欺師じゃなきゃなんだって言うの?」
マルヴェロが口角を上げた。
まるでその質問を待っていたとでも言いたげだ。
「なんでも屋だ。依頼されりゃなんだってするぜ?」
「なんでも屋ねェ」
デビトが鼻で笑う。
「それで? なんでも屋のあんたに何の仕事が入ってきたのかしら」
「ヒトゴロシだよ」
温度を持たない声に、とデビトが同時に息を飲む。
マルヴェロが喉を鳴らして笑い、そして口元を歪めながらの頭からつま先まで無遠慮に眺めた。
「あんたが・だろ?」
「っ……はいらない。私には関係ない。私はよ。アルカナ・ファミリアの」
「クックック。まあそう言うなって、」
「気安く人の名前を呼ばないでちょうだい」
が苛立たしげに答えるが、マルヴェロの口元から笑みは消えない。
そして青い目が細めたかと思うと、彼はを見据えながら口を開いた。
「あの男、あんたを始末して欲しいんだとよ」
な手の中でナイフが小さく音をたてる。
目元がぴくりと痙攣するのを感じた。
「オイ。聞き捨てならねーなァ。どういう意味だァ?」
「ハッ! そのまんまの意味だよ。あの男、聞けば家の執事らしいじゃねーか。レガーロ島の貴族だか名家だか知らねーが、跡継ぎがいないと思ってたその家に一人娘がいるってことを知って大慌て」
「それと依頼内容に何の関係があるって言うの」
「案外鈍いんだな。あの執事はあんたが邪魔なんだとよ。老いぼれの当主がくたばりかけてるっつーのに娘がいたんだぜ?せっかく跡継ぎがいないって喜んでたのに、あの男にとっちゃこれ以上の誤算はなかっただろうな」
資産目当て。
その言葉がの脳裏に浮かぶ。
しかし、跡継ぎがいないからと言って、ただの執事が資産を手に入れることができるのだろうか。
それにマルヴェロの言うことが本当だとして、引っかかる点がいくつも出てくる。
会話していた時の執事の反応がそうだ。
立場的には彼の方が優位のはず……それなのに、あの態度はおかしい。
次に、彼女自身今まで命を狙われた覚えがないことだ。
アルカナ・ファミリアに属する以上、大小の恨みは買うこともあるが、命まで狙われた覚えなど一度もない。
しかし、それ以上にの頭の中を、マルヴェロのある言葉が支配していた。
「くたばりかけって……?」
「へぇ。自分には関係無いって言っておきながら気になるんだな」
がマルヴェロを睨みつける。
おーこわいこわい、などと口にしてマルヴェロが笑う。
「信じるか信じないかはあんた次第だ。ここで俺を捕まえたとしても、あの執事が依頼する限り俺の仲間があんたを狙い続けるさ」
「まあ、どこまで本当かは知らないけれど……話を聞けて良かったわ。それじゃ……」
「お、解放してもらえんの?」
の口元に笑みが浮かぶ。
視線はマルヴェロに向けたまま、彼女は左脇腹にあるスティグマータに意識を集中させた。
「トゥ……ウナ マリオネッタ ストゥピダ…………眠りなさい」
彼女が静かに命令すると同時に、マルヴェロの体がその場に崩れ落ちる。
意識を失った彼は、相当深い眠りについているのだろう。
小さないびきがの耳に届き、彼女は呆れたように溜息を吐いた。
「あー、この様子じゃしばらく起きねェだろーな。運ぶのもメンドクセーし、聖杯の連中でも呼んでくっか」
「ええ。デビト、お願いできるかしら」
「ああ、わかった」
答えるなり、デビトは足早にその場から立ち去る。
気が付けばすっかり日も暮れている。
聖杯は恐らく夜の警備を行っているだろう。
デビトもすぐに戻ってくるだろうが、夕食会までに戻るとのフェリチータとの約束はどうやら破ることになってしまいそうだ。
地面に突き刺さるナイフを拾い上げながら、はマルヴェロを睨みつける。
(恐らくマルヴェロは嘘を吐いてる……でも……だったら何故、あの人はこいつと。それに……)
『老いぼれの当主がくたばりかけてるっつーのに娘がいたんだぜ?』
マルヴェロの言葉を思い出す。
(違う……私は関係なんてない。家なんて……)
「私は……私は、アルカナ・ファミリアの」
しんっと静まり返った裏路地に、彼女の声が響いた。
まるで自分に言い聞かせるようなそれは、誰の耳にも届くことは無かった。
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