La storia di me e lei e loro 
< 私と彼女と彼らの物語 >
11...秘密基地へ







木々の隙間から差し込む陽射しが気持ち良く、フェリチータは柔らかく目を細める。
先を歩くルカがいつもにも増して浮かれているとか、パーチェはいつもお腹が空いているんだなとか、デビトはやっぱりめんどくさそうだとか、変わらない三人の様子に思わず口元が綻ぶ。
だがそれ以上に気になるのが……

「ねぇ、。何かあったの?」

最後尾を歩くに声をかけるが、何かを考え込んでいるのか反応は薄い。
さっきもこれから行く薬草園について尋ねてみようと声をかけたが、呼んでも気付いてもらえず諦めたことを思い出す。
普段であれば我先にと自分の方へと近づいて来てくれるのに……そんな風に考えながら、フェリチータは視線を落とした。

「こっちです、お嬢様!」

ルカの呼ぶ声に顔を上げる。
ぶんぶんと大きく手を振るルカに、デビトがうんざりとした視線を向けた。

「ルカのやつ、はしゃぎやがって……うぜェったらありゃしねェ」
「う〜ん……まぁ収穫日だからねぇ」
「ねえパーチェ。なんで年に一度なの?」
「マメに通うとバレるからよ」

パーチェを見上げるフェリチータの背中に、柔らかい声が投げかけられる。
振り返ったフェリチータの瞳に、声色に合った笑みを浮かべるが映った。

「バレる?」

首を傾げるフェリチータに、の肩に肘を乗せたデビトが答える。

「あいつさァ、ジョーリィに邪魔されねーようにって、山奥に小さな薬草園を作ってるわけよ」
「そうそう。ルカの錬金術と原始的なトリックを駆使した秘密基地みたいなやつなんだよ」
「ま、その原始的なトリックのせいで、辿り着くのに一苦労するんだけど……」

三人のどこかうんざりとした表情に、フェリチータの口元が小さく引き攣った。
一体今から何が起こるのか――そんな風に思うフェリチータの耳に、ルカの急かす声が届く。

「さあ、お嬢様。入り口に到着しましたよ!」
「入り口って……ここ?」
「ええ。少し離れていてくださいね」

頷いたフェリチータが数歩下がり、の隣に立つ。
ルカが岩肌に向かって両手を掲げる。
青い光が岩肌を包み込んだかと思えば、がらがらと崩れ落ち入り口が出来上がった。

「洞窟?」
「はい。ここからは私が言うとおりに動いてください」
「……え?」

この従者は一体何を言っているのかと、言葉の意味を理解出来ないフェリチータの後ろで、パーチェが元気よくりょーかーい! と声を上げる。

「それから、うっかり壁に手を触れないように注意してくださいね? お嬢様」
「え? え?」

左右に立つパーチェとデビトを交互に見やったフェリチータは、彼らに促されるままにルカの後をついて行く。
ルカを先頭にその後ろをフェリチータが、そしてパーチェ、デビト、最後尾をが歩く。

「はい、頭を下げて!」
「うわぁ!」

ルカの合図と共に全員が一斉に頭を下げるが、反応が遅れたパーチェの頭すれすれを一本の矢がかすめた。
悲鳴を上げるパーチェが勢い余って数歩先へと進んでしまう。

「ダメよ、パーチェ。そのまま進むとまっ逆さまよ?」

襟首を掴まれて立ち止まったパーチェの右足が宙に浮いている。
そのまま踏み出せば、の言うとおり落とし穴へまっ逆さまだ。

「グゥッ!! く、くくく首しまっ……! うぉおッちょちょちょちょちょっとおっ!!」
「ハァ……相変わらず、ほんっとうに原始的ね、ルカ」
「褒め言葉と受け取っておきますよ。さ、ここは壁際を歩きましょう」

落とし穴を避けた先、通路は広いと言うのに何故か壁際。
何かあるのだろうと散々罠を見てきたフェリチータは、素直に壁際を歩く。

「バカ、パーチェ、壁際だって……って、オイ!」
「うあっひゃっあぁ!」
「え? ちょっ、パーチェ! やっ……! きゃぁあああああ!!」

デビトの注意も空しく、通路の真ん中を進むパーチェが何かを踏む。
足の裏に感じた違和感に、パーチェは反射的に壁際へ移動しようとしていたの腕を掴んだ。
ぐんっと体が浮き上がる感覚に、は悲鳴を上げて目を閉じる。
揺れがおさまりゆっくりと目を開けたは大きな溜息を吐いた。
網が体中に絡みつき、その上パーチェの腕が腰に巻きつくせいで身動きが出来ない。
同じ網の中で揺れているパーチェを半眼で睨みつける。

「……ちょっと、パーチェ……なんで私を巻き込むのよ……」
「ご、ごめん、……って、うわぁっと!」
「ちょっ! パーチェ! 急に動かなっ……きゃあ!」

慌てて離れようと動いたせいで網が大きく揺れる。
体勢を崩してしまい、パーチェがの上へと倒れこんでしまった。

「ハッ! 柔らかい!!」
「バカパーチェ!!!」

倒れこんだ先で頬に温かさと柔らかさを感じ、パーチェは思わず声に出してしまう。
胸元で揺れる鳶色の髪を引っ張りながら、は声を荒げた。

「オイ、ルカァ……ナイフ一本貸せ」
「言われなくとも。はい、デビト。どうぞ」

顔を真っ赤にさせるフェリチータの両側で、冷たい声が響き薄黒い空気がゆらりと揺れた。

「パーチェ! テメェ、さっさと降りてきやがれ!」
「う、うっひゃあああ! ……ぐえっ!!」

網を切裂き、重力に従ってパーチェが落ちる。
そしてそのパーチェをクッションに、が降りてきた。

「まったく……自業自得よ」

彼女の膝が見事にパーチェのみぞおちを捕らえるが、誰も同情しようとはしなかった。





「なんで……ここまで……」

呼吸を整えながらフェリチータがルカを見上げる。

「あはは。やりすぎですか? でもほら! 良い秘密基地でしょう?」

そう言うルカの視線の先には、秘密基地なんて子どもじみた呼び名が似合わないほど立派な建物があった。
中に入ったフェリチータが感嘆の声を上げる。
あちらこちらに様々な薬草が植えられ、そのいくつかは可愛らしい小さな花をつけている。

「さぁ、片っ端から収穫ですよ!! 頑張りましょうね!」

ルカの掛け声で全員が散らばる。
手元の資料を覗きながら、は錬金術とは関係の無い料理用のハーブを摘んでいく。
これも彼の趣味の一つなのだから、は何も口を出さない。

ローズマリーノ……ティーモ……バジリコメンタ……あれ? ねぇルカ、メリッサが無いわよ?」
「ああ、すみません。メリッサは向こうの棚です。ああ、パーチェ! それは分類が違います」
「へ!? あ、そうだっけ」
「バーカ。いい加減覚えろよなァ。そっちのは麻酔用だろ」
「デビト、色は同じですが麻酔はそっちのムラサキです」
「へーへー。言われた通りに仕分けマスよォ」

三人の会話に呆れたような笑みを浮かべ、はテーブルを挟んだ向こう側の棚へと移動する。
ちょうどフェリチータがメリッサが植えられているプランターを覗き込んでいるところだった。

「珍しい?」
「うん。こんなにいっぱいの薬草を見ることなかったから。すごいなって」
「そうね。昔はもっとこじんまりとしてたんだけどね。年月が経つにつれて、この建物もどんどん大きくなってる気がするわ」

手際よくメリッサを摘み取りながら、が口元を歪めて言うと、フェリチータが楽しそうに笑う。

「ねえ、お嬢様。ごめんなさいね」
「え?」
「この間、夕食会までには戻るって約束したのに守れなくて」

彼女の言葉に、フェリチータは大きく首を横に振った。
気にしないでと口にする。
それよりもフェリチータは、あの夜戻ってきてからのの様子がおかしいことが気になっていたのだ。
これは聞き出すチャンスだと、カゴの中にハーブを放り込んでいくの腕を取った。

「あの、!」
「お嬢様ー! 少し手伝っていただけませんかー?」
「え? あ……」
「ほら、お嬢様。ルカが呼んでいるわ。いってらっしゃい」

にっこりと微笑むは、どこか誤魔化しているようにも見える。
両眉を下げるフェリチータだったが、頷くとに背を向けた。
気付かれないようにはほっと息を吐き出す。

(お嬢様を巻き込むワケにいかないものね……マルヴェロの言葉が嘘だとしても、万が一にも命を狙われる危険性があるのだから。それにしても……出来る限り早く真相を突き止めないといけないわね。それには……家に行くのが一番早いのだろうけど……でも……)

ルカの元へと向かったはずのフェリチータが勢いよく振り返った。
翡翠色の瞳を大きく見開いて見つめてくるフェリチータに、はハッとする。
無意識にリ・アマンティ――恋人たちの能力を使ったのだろうか。
全てを読まれたわけではないだろうが、彼女の表情からしてあまり良くない部分を読まれたことはわかる。

「どうかしたの? お嬢様」

話してしまえば、フェリチータは力になろうとするだろう。
それでもこればかりは巻き込むわけにはいかないと、は胸の内を隠して微笑んだ。
何か言いたげに薄っすらと唇を開いたフェリチータの背中に、ルカが再び声をかける。

「ほら、ルカが待ち侘びているわ」
「う……うん」

再び背を向けたフェリチータに小さな声で謝って、は手元の資料に視線を落とすのだった。






ルカの呼ぶ声には収穫の手を止めて振り返った。

「お茶を淹れますから、少し休憩にしましょう。ああ、メンタメリッサを少し持ってきてくれますか?」

ハーブティーを淹れるのだろう。
頷いたはカゴの中から先ほど摘んだハーブを取り分け、ルカの元へと向かった。

「あら、どうしてパーチェとデビトはそんな端っこで蹲って作業しているのかしら?」
「イヤミか? アァ?」
「気付いてて無視したくせにー!」

くすくすと笑うに、パーチェとデビトが抗議の声を上げる。
フェリチータの作業の邪魔をしたのだ。
自業自得だと笑って言いながら、ルカの淹れたハーブティーを受け取る。

「やっぱりルカの淹れるハーブティーは最高ね。美味しいわ」
「うん。すっごく良い香り」
「喜んでいただけて光栄です」

耐えられなかったのか作業を放り出したパーチェとデビトもテーブルに着く。
熱いにも関わらずお茶を一気飲みしたパーチェがおかわりを強請る間、フェリチータはどうして薬草園を館に作らないのかとルカに尋ねた。
嫌なことを思い出したのだろう。
ひくりとルカの口元が引き攣る。

「昔は館でやっていたんですけどね……」
「あれは衝撃だったなー」
「ええ……あれは忘れられないわね」

四人が同時に宙を見上げる。
大きな溜息を吐いたデビトが口を開いた。

「ある日突然、育ててた薬草が全部なくなっててさァ」
「あの時は本当に絶望しましたよ……」

ルカの表情が暗く沈む。
残り三人もうんざりしたように顔を歪めていた。

「人がコンセツテーネーに作ったもんでも、遠慮なくかっさらってくからなァ……」
「本当の悪魔はアイツだと思ってるわよ、私は」
「ジョーリィは昔から、『使えるものは自分のもの』と思っていますからね。到着するのにそれなりの努力を要する場所に作るのが一番です」

全員の頭の中に、ジョーリィが葉巻の煙を燻らせながら含み笑いを浮かべる様子が浮かぶ。
はぞくりと背筋に冷たいものを感じ、ぶんぶんと首を振った。

「……でも、ジョーリィならあの罠も簡単に解除してしまいそうだけど」
「ちょっと、! 恐いことを言わないでください!!」
「否定できないところがイヤだよね〜」

パーチェの言葉に、その場に崩れ落ちるルカ。
本当に否定できないな、とフェリチータも苦笑いを浮かべるのだった。












収穫後の作業も終わり、両手いっぱいにピアンタを抱えたルカが嬉しそうに通りを歩く。
陽も暮れ、すっかり夕食時だ。
パーチェの腹の虫が大きな音をたてる。

「ねぇねぇ、ルカちゃん。今日の収穫を使って、スペシャルなラ・ザーニアを作ってくれるんだよねー!?」
「オレはカクテルで」
「それじゃ、私はいつも通りスープを。お嬢様も好きなものを言うといいわ」

収穫の後、ルカはこうして全員の望むものを作ってくれるのだ。
三人が収穫作業を手伝うのは幼馴染だからという事もあるが、このお礼もその理由の大部分を占めているのだろう。

「それじゃあ……ドルチェが食べたいな」
「わかりました。では、お嬢様へは特製ドルチェをご用意しますね!」
「それでなくても普段から豪華なドルチェが特製ともなるとどうなるか……楽しみね、お嬢様」
「うん!」
……ハードルを上げないでいただけますか?」

嬉しそうに頷くフェリチータの隣で、ルカが半眼で項垂れる。
そうは言っても彼のことだ。
フェリチータの期待に沿うようなものを作るのだろうと、はふっと笑みを浮かべた。

「あ、お嬢! 今度おれら、『アルカナ・ファミリア・ピッコリーノ』の当番なんだ」
「ピッコリーノ?」

特製ドルチェのことで頭がいっぱいのルカの隣で、パーチェが思い出したように声を上げた。
聞き覚えの無い単語に、フェリチータが首を傾げる。

「ファミリーがやっているイベントのことよ。教会に子どもたちを集めて一緒に遊んだり話をしたりするの」
「そーそー。次のピッコリーノはおれたちが当番でさ、今度の日曜なんだ。当日時間が空いてたら手伝ってくんない?」
「うん!」

フェリチータの返答に、全員が笑みを浮かべる。

「ありがとうございます、お嬢様。子どもたちもきっと喜びます!」
「そうね。私も楽しみだわ」
「よーっし! 帰ったらいっぱい食うぞー!!」
「じゃあ食材も買い足していきましょう。荷物持ちさん、よろしくおねがいしますね」

ルカがパーチェとデビトを交互に見やって微笑む。
うんざりとするデビトに比べて、パーチェは嬉しそうだ。
市場に向かってぐんぐん歩くパーチェと、それについて行くルカとフェリチータ。
その背中を眺めながらはゆっくりと歩く。
ふとの視界に影が出来た。
顔を上げると、デビトが真剣な表情でを見つめている。

「……読まれちゃったわ」
「ああ、そうみてェだな」
「お嬢様も日々成長してるのね。でも……」

言葉を濁すに、デビトが頷いた。

「確実に首つっこんでくるだローなァ」
「デビト。そんな言い方しないで」
「へーへー。でも、どうすんだァ?」

どうするもなにも、マルヴェロから真相を聞きだそうとしても無駄だろう。
彼はきっと同じことしか言わない。
そうとなれば聞き出す相手は一人しかいない。

「少し……考えるわ」

フェリチータが訊ねてくる前に解決をするためには、家の執事が訪ねてくるのを待っていては遅い。
そうなれば必然的にこちらから会いに行かなくてはいけないだろう。
だがそれには……

「……デビト?」

俯くの頭に、デビトの温かい手のひらが乗る。
彼にしては珍しい慰め方に、固く強張っていたの表情が緩んだ。
その優しい手つきに、うっとりと目を細める。

「珍しいこともあるものね」
「うっせェよ」

ふふっとが笑う。

「なァ、。一人で行くなんて考えんじゃねーぞ? オレが……いや、オレもルカもパーチェもいるんだ。たまには頼れっつーの」
「デビト……。うん……そうね。ありがと……」
「おーい! ー! デビトー! 早くしないと置いてっちゃうよー!!」
「そうですよー! 荷物持ちさんたちがいないと買出しができないじゃないですかー!」

微笑むの耳に、パーチェとルカの声が届く。
振り返った彼女のグレーの瞳に、大きく手を振るパーチェと口元に手を添えるルカ、そしてどこか心配そうな表情を浮かべるフェリチータの姿が映った。

「ったく、ルカは人使いが荒いねェ……」
「荷物持ちさん"たち"って……私もなのね」

顔を見合わせた二人は同時に大きな溜息を吐くと、大きく揺れる影に向かってゆっくりと歩き出した。










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