La storia di me e lei e loro 
< 私と彼女と彼らの物語 >
12...真夜中の書斎にて







各部屋の灯りが落とされ、しんっと静まり返った館内の一室に、ぺらりぺらりと紙を捲る音が響いていた。
もよく利用する館の書斎は、レガーロに関する歴史書やアルカナ・ファミリアに関しての資料はもちろん、何故か料理のレシピ集や絵本まで揃っている。
天井まで届く本棚に設置された梯子に腰を掛け、は一冊の本に目を通していた。
分厚いそれは、その装丁からそう古くないものに見える。
夜もすっかり更け、開け放った窓から心地良い夜風が吹き込む。
書斎の中央に置かれた大きなデスクの上から、一枚の紙が風に舞って落ちた。
ペーパーウェイトを置いておけば良かったと小さく溜息を吐いたは、本を片手に梯子から降りる。
デスクがある一階部分へと降りる階段に足をかけたところで、扉が開く微かな音が耳に届いた。
が今いる場所からでは扉は見えないが、誰かが入ってくる気配がし一瞬息を飲む。
こんな時間に誰が?
時計に目をやると、深夜一時を半分ほど回ったところである。

「誰?」

メイド・トリアーデたちが、灯りが点いていることに気付いて確認をしに来たのだろうか。
階段を降りながら声をかけると、意外な人物の声が聞こえた。

か。こんな時間に一体何をしている」
「あら、ノヴァじゃない。ノヴァこそ、こんな時間に珍しいわね」

溜息を吐いて呆れた視線を向けてくるノヴァに、は一瞬驚いたように目を丸めたが、すぐにその口元に笑みを浮かべた。
階段を降りて、ノヴァの前に立つ。
普段であればとっくにベッドの中であろう彼はスーツ姿だ。
紙の束を手にしているところから見て、仕事の整理がついていないのだろう。
案の定、報告書に不明な部分があったから調べに来た、とノヴァは口にする。

「それで、お前は何をしているんだ?」

そう問うノヴァの視線が、自分の手元に注がれていることに気付いたは、手に持った本の表紙を彼に見せる。
本の表題を見た彼は、再び呆れたように溜息を吐いた。

「ピッコリーノでする話の良いネタがないかなと思ってね」
「"本当は怖い レガーロ童話"……その本が良いネタになるとは、僕には到底思えないが」
「あら、そうかしら」

結構面白いのよ? とはページを捲りながら笑う。

「ほら、これなんてどう?」
「僕は興味ない。それよりも仕事をさせてくれないか」
「あら、残念」

再びページを捲り始めたは、デスクの上に広げられた報告書を横目で盗み見た。
見慣れた字で書かれた、見覚えのある名前には目を細める。

「ノヴァ。その報告書はデビトから?」
「ああ、そうだ。先日金貨に依頼をした件についての報告書だが……そう言えば、お前も一緒にいたんだったな。協力、感謝する」
「気にしないで。それよりも、少しこの報告書見せてもらっていいかしら」

頷くノヴァから報告書を手渡され、流すように内容を読む。
相変わらず読み難い字だ。
読み終えて、ほっと息を吐く。
どうやらデビトは、マルヴェロと家の執事に関して、そしてに関係する部分全てを濁して書いたらしい。
よくもまあ、ここまで誤魔化したものだと感心する。

(そうじゃなきゃ、報告書を提出した時点でノヴァに呼び出されてたんでしょうけど)

報告書の二枚目は、マルヴェロに関しての経歴らしい。

「前科七犯ねぇ。ハァー……これじゃ詐欺師って呼ばれるワケよ。どこがなんでも屋なんだか」
「なんでも屋? そんな経歴はどこにも無かったが」
「本人が言ってたのよ。詐欺師だなんて心外なんですって」

依頼されればなんだってする、とは言っていたが、この様子だとそれも嘘だろう。
あの場を切り抜けるための嘘だとしても、これは予想以上の小物だ。
大きな溜息が彼女の口をついて出る。

「ああ、そうだ。ねぇ、ノヴァ。こいつに仲間はいるのかしら?」
「いや、そこまでは聞き出せてはいない。だが、過去の経歴から見て、単独で行動していたと見るのが妥当だろう」
「やっぱりね」
「やっぱりって何がだ? お前、何か知っているのか?」

の呟きに、ノヴァが眉を顰める。

「やっぱり、なんでも屋なんて嘘なんじゃないって言いたかっただけよ。それじゃ、私はもう休むわね。おやすみなさい、ノヴァ」
「あ、ああ。……おい、
「ん?」

足早に書斎を出ようとしたを、ノヴァが呼び止める。
振り返った彼の手には、報告書とは違う紙が一枚。
先ほど窓から吹き込む風に舞って落ちたものである。

「忘れていたわ。ありがとう」
「レガーロ島きっての資産家"家"。……確かそこの執事が、お前を訪ねてよくこの館にくるそうだな」

の眉が跳ねる。
ノヴァから受け取った紙には、今まさしく彼の口から出た家に関しての情報が書かれていたのだ。
自身が、この書斎で得られる情報をまとめたものである。
だが、所詮は出回っている書籍や資料からの情報。
すでに彼女が知っているような内容ばかりで、飽きてしまったは暇潰しもかねて、ピッコリーノのネタ探しをしていたのである。

「どんな用件で訪ねてきているのかは知らないが……」
「心配しなくても、ファミリーに害をなすようなことではないわ」

ノヴァの言葉を遮ったは、まっすぐ書斎の出入り口へと向かう。

「ああ、それからノヴァ」

扉に手をかけたまま、が振り返る。
顔を上げたノヴァは、眉根を寄せていた。
が口の端を持ち上げる。

「"美人局"っていうのはね、女がターゲットの男と関係を持ったことを言いがかりにして、後から法外な金を騙し取る行為のことを言うのよ。……ああ、そういう意味じゃ仲間がいたのかもしれないわね」
「関係?」
「ええ、性的な関係。ハニートラップのようなものね」
「なっ!!」

ノヴァの顔が赤く染まる。
マルヴェロの経歴書に、丁寧にも赤のインクで囲まれた言葉。
きっと彼はその言葉について調べにきたのだろうと、は口をぱくぱくと開閉するノヴァを見やった。
聖杯の幹部とは言え、まだ十五歳の少年だ。
彼の初心な反応に、はくすくすと笑い声を零す。

「さ、これでゆっくり眠れるわね。ヴォナノッテ、ノヴァ」

静かに閉めた扉の向こう側から、ノヴァの怒鳴り声が聞こえる。
だが、分厚い扉のせいで、その内容まではの耳には届かない。

(まあ、何を怒鳴っているのかなんて、大体想像はできるけど)

口元に笑みを浮かべたは、そっと扉から背を離した。
メインの灯りが落とされ、薄暗い廊下を歩く。
彼女の歩調に合わせて、左手に握られた紙がかさりと音をたてた。










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