La storia di me e lei e loro
朝市も終わったビヴァーチェ広場は、真上に昇った太陽に照らされて明るく輝いていた。
「おい、ばーさんよお! どこに目ェつけてんだ、おらっ!」
噴水近くに美味しいパニーノの屋台があると嬉しそうにパーチェが話していたことを思い出しきょろきょろとしていただったが、不意に聞こえた怒鳴り声に眉をひそめた。
「おいおい、どこ見てんだっつってんだろーがよ!!」
ダンッと大きな音が響き、女性の小さな悲鳴が耳に届いた。
「もう大丈夫ですよ、シニョーラ」
手を貸し立ち上がらせた婦人を近くにいた屋台の主人に任せると、は鋭い視線を男へと向けた。
「ばーさんの代わりに詫びでもしてくれんの? キレーなオネーさん?」
声を荒げると同時に伸びてきた男の腕を、の手が捕らえた。
「一体なんの騒ぎだ!」
逃げないように捻り上げた腕はそのままに、聞こえてきた複数の足音と耳に慣れた声には小さく息を吐く。
「スクーロ、その男の身柄を拘束しろ。アルベロ、フレッド、ルーチェ、それからフェル。お前たちはこれ以上騒ぎが大きくならないよう、街の人たちを頼んだ」
それぞれが力強く返事をし、持ち場へと向かってゆく。
「広場の警備が薄くなるなんて。珍しいわね、ノヴァ」
そういうことなら仕方が無いと、は謝罪の言葉を述べるノヴァを制し、市場の主人に任せたままの婦人へと振り返った。
「恐い思いをさせてしまいましたね。大丈夫ですか、シニョーラ?」
目が合っているようで、どこか遠くを見つめているように見える婦人には違和感を覚えた。
「あの、失礼ですが……」
息を切らし焦った様子で駆けつけてきた男に、は目を見開いた。
「こちらのお嬢さんに助けていただいたのよ。ああ、そうだわ。何かお礼をしなくてはね」
そう言って婦人が振り返った方向に、の姿はなかった。
「シニョーラ。失礼ですが……目が?」
声に反応して振り返った婦人は、今度こそ薄灰色の瞳にの姿を映した。
「それよりも、本当に助かりました。ありがとう。貴女のお名前をお聞かせ願えるかしら?」
が再び息を飲んだ。
(この人が…………)
ぎゅっとが拳を握った。
「シニョーラに名乗るほどの者でも、礼を述べられるような者でもありません。我々『アルカナ・ファミリア』はこのレガーロ島を、そして島の人々を守るために存在しています。どうぞお気になさらないで」
言葉を詰まらせた婦人を気遣うように、ジジがそっと彼女の隣へと立った。
「ああ、ごめんなさい。貴女にお聞かせするようなお話ではなかったわね」
ゆるゆると首を振ったは、ジジに支えられて去ってゆく婦人の背中をぼんやりとした目で眺めた。
「、今のは……」
ノヴァの言葉を遮り、フェリチータの大きな声が広場に響いた。
「お疲れ様、お嬢様」
心配そうに言うフェリチータに大丈夫だと微笑むと、彼女はほっと息を吐く。
「さっきの男だが、スリの犯人の仲間だそうだ。スクーロが言っていた」
そんな現実に残念そうに肩を落とすフェリチータに、ノヴァが仕方が無いとばかりに溜息を吐いた。
「そんな時のために、僕たち『アルカナ・ファミリア』がいるんだろう?」
ノヴァの言葉にも同意すると、フェリチータは一瞬きょとりとした後、表情を引き締めて力強く頷いた。
「あら大変、もうこんな時間だわ。そろそろ館へ戻らないと……っ!」
振り返ったの口から声にならない悲鳴が零れた。
「なっ!? どっ……」
どうしてここにと声を上げる前に、婦人の手がへと伸びた。
「貴女がッ…………いいえ、『アルカナ・ファミリア』のお嬢さん。貴女にお願いがあります」
握り締めた手に力が篭もる。
「あの子に会ったら伝えてくださいませんか?……貴女を手放して寂しい思いをさせてごめんなさい、と。……全部、全部わたくしたちが悪いのです……わたくしたちの勝手な行動で、貴女を独りにさせてしまって……本当にごめんなさいッ! 本当に……本当に……」
婦人が深い皺を刻んだ目尻に涙を溜めて、を見上げた。
「寂しいなんて思ったことはありません。私の傍には常に、三人の兄がいてくれたから。辛いこともありましたが、それはあなた方のせいなんかじゃない……。それに、私には『アルカナ・ファミリア』という家族があります。これで結構、毎日楽しく過ごしているんですよ? 私は……は今とても幸せです。だから……どうか気に病まないで」
大きく見開いた瞳から涙を零しながら、婦人は何度も「良かった」と繰り返す。
「でも……もう一度だけ言わせてちょうだい。本当にごめんなさい。……それから、これからも貴女の幸福を心から祈っています。幸せに……わたくしの大切な娘、」
は声を出せず、ただ痛いくらいに握り締められた手を、握り返すことでしか答えることが出来なかった。
「ジジ」
家の執事を呼ぶの声はかすれていた。
「後日、館へ来てください。伺いたいことが色々とありますので」
ジジは深く腰を折ると婦人へと手を差し出し、今度こそビヴァーチェ広場から立ち去って行った。
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